見出し画像

022.カヌーの訪問者

2002.7.16
【連載小説22/260】


「謎の漂流者」

7月11日
既に100回の発行を超えていた島のオフィシャルニュースペーパー『Trans Post』に、初めて事件の見出しが登場した。

言い換えると、今までは事件らしい事件もなかったということであり、その日のうちにカヌーで西海岸に漂着した少年の話は島中の話題となった。

その後、コミッティの調べで、意識を取り戻した少年がマーシャル諸島共和国の首都マジュロから単独の航海でこの島を目指したこと、そして僕、真名哲也を訪ねてやってきたことが判明し、僕も少なからずこの事件の当事者となり、慌しい数日が経過した。

結果からいうと、少年の証言や彼が手にしていた僕宛の手紙から事件の背景が明らかになり、コミッティをあげてこの問題に取り組んでいこうということになった。
そして、島のもうひとつのオフィシャルメディアであるこの手記を通じて、僕がこの事件のことを島民に向けて報告していくことも決定した。

少年と彼の国と、トランスアイランドの未来のために…

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

まず、事件を振り返って整理しよう。

少年の名はジョン。
マーシャル諸島のマジュロ島に住む17歳。
帆のついた外洋向きカヌーを単身で操って、遥か南西の方角1600kmの先から半月をかけてトランスアイランドへやってきた。
(ニュースは、その見出しで彼のことを「漂流者」と表現したが、訂正しなければならない。彼は漂流の果てに我々の島に流れ着いたのではなく、最初からここを目指したのだから「訪問者」とするのが適切だろう)

加えて、ここではマーシャル諸島共和国の解説が必要だ。
トランスアイランドから最も近い独立国家であり、ジョンの登場により、ある意味で初めて国交を交わす相手となった訳だから…

マーシャル諸島共和国は1986年にアメリカ合衆国の自由連合協定により独立、1991年に国連に加盟した比較的新しい国家である。
遡れば、19世紀後半にはドイツの保護領、第一次世界大戦後には日本による統治領の歴史を持つ。

地理的には北緯4~19度、東経160~175度の海域に大小34の島からなる環礁の国で、総国土面積が181平方キロメートル。人口は約7万人。
首都のあるマジュロ島には国際空港や議事堂、カレッジなどがあり、人口が集中しているが、そこでさえ幅は最大200メートル程度でアーチ型に延びる50数キロの小さな島だ。

標高が2メートルしかない島は、地球温暖化による水面上昇で国土水没の可能性があり、1997年の地球温暖化防止京都会議時に代表が危機を訴えにきたことでも注目された。

ネームバリューとしては、米軍基地の島クワジェリンの方が高いかもしれない。
小さな島が国際社会で成り立っていくためのシビアな選択なのだろう、この島を米軍に差し出すことで得る収入が国家歳入の大きな部分を占めている。

さらに加えると、1950年代に核実験が行われたビキニ環礁もマーシャルの一部であり、被爆による補償問題は未だに暗い影を残して存在している。

表面上は典型的な南国の「のどかな島」でありながら、その内実は、過去から現在を経て未来へと、様々な問題を抱える「病める島」、それがマーシャルだ。

では少年の話に戻ろう。
島に漂着したカヌーを島民が発見した時、ジョンは疲労のため意識を失っており、コミッティハウスに運び込まれた。

ドクターの適切な処置で数時間後には意識を回復したジョンは、困難な航海を乗り切った強靭な体力と精神力を持ち合わせているだけのことはあった。
その日のうちに、元気に食べ、歩き、喋る快活な南の島の少年に戻ったのである。

貿易風に逆らっての北東向けの航海は、高度の技術と経験を必要とするから、彼が目的とするこの島へと到達したことは偉業といってもいい。
彼の話によると、10歳の頃からマーシャル流のカヌーナビゲーション術の継承プログラムに参加し、既にかなりのレベルの航海士として認められているという。

そもそもミクロネシアやポリネシア海域の島々は、2000年以上前に水平線の果てを目指して冒険を繰り返した海の民たちが発見したものだから、ジョンの中に勇敢な航海士の血が流れているのは歴史の必然なのかもしれない。

そして、そんな彼の航海の最大の目的は、あるメッセージを僕に、そしてトランスコミッティに届けることにあったのである。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

繋がりなくして、いかなる国家も存在し得ない…

トランスアイランドもその存在を表明した時点で、国際社会の中に組み込まれた。
そして、繋がりとは、漂着する椰子の実や瓶詰めの手紙のように求めずとも外からやってくるものなのだ。
そしてそこから新たな歴史がスタートする…

ジョンが漂着したという事実を表層の事件性だけで見てはいけない。
彼の行動とそのメッセージを、近隣の島からもたらされた私的なものではなく、見えざる大きな力による啓示として捉えてみることが僕らには必要なのだと思っている。

少年がもたらしたメッセージ。
その中身に関しては次回で詳しく説明しよう。


------ To be continued ------

※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

INDEXに戻る>>

【回顧録】

『儚き島』という作品のモチーフは、僕がこの前年となる2001年の6月に取材したマーシャル諸島共和国での体験でした。

1990年代後半にハワイ諸島の旅を重ねてドキュメンタリー動画を創作したのですが、そこで出会ったポリネシアの航海術がミクロネシアと密接な関係があることを知り南洋の島々の探究フィールドが一気に広がりました。

1996年にスタートした「真名哲也プロジェクト」で、架空の主人公とリアルな読者をつなぐオフィシャルサイトという不思議なサイトを運営していたのですが、一読者から「マーシャル諸島のことを書いてほしい」というリクエストが届きました。
当時の僕にとっては聞いたこともない島国のことを調べるうちに興味を持ち、独自取材をしてみることになったわけです。

ということで『儚み島』という長編小説の21話まではプロローグのようなもので、ここからが物語の始まることになります。
/江藤誠晃



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?