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066.空想作家宣言

2003.5.20
【連載小説66/260】


イラク戦争とSARSの影響がハワイ観光にも大きな打撃を与えているのだろう。
昨夜泊まったワイキキの大手ホテルでも、かなりの従業員が解雇されたと聞く。
頼みのゴールデンウィーク期間の日本人ツーリストも減少したようで、常夏の楽園に元気のなさを感じた。

そんな影響もあって、ホノルル国際空港発成田行きのJAL便は満席にほど遠い状態。
エコノミーの最後部窓側席を指定した僕の横は空席で、8時間のフライトは少しゆったりできそうだ。

機内に持ち込んだ小さなアタッシュケースから「nesia」を取り出すと、機内食を終えたテーブルの上に置く。
続けて、「nesia」と同サイズの折りたたみ式キーボードを広げて繋ぐ。
これで空飛ぶ即席書斎の完成だ。

という訳で、今回の『儚き島』は、一種の浮遊感と共に記している。
しばらくは島を離れての連載になる手記の1回目を、遥か太平洋上空からお届けしよう。

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新たなステージを迎えた思いでこの旅に出ている。
トランスアイランド島民として確固たる自覚を得ての外地への長期出張とでもいえばいいか…

当初は、1年強の生活で自らの暮らす地となったトランスアイランドを外から客観的に見つめ直すことが、少し長い時間島を離れる目的だったが、ミスターGとの出会いによって僕の中にもうひとつの目的ができた。
それは、作家としての新たな挑戦である。

僕はこの『儚き島』という連載手記をひとつの文学作品に高めていこうと考えている。

「君の思うことを、君だけにかかわることをもっと自由に書けばいい」

と、より主観的なトランスアイランドのストーリー創作を薦めてくれたミスターGの言葉を受けた僕の進む道はこうだ。

1年をかけて島の成り立ちとその目指すところをまとめ、個性豊かなエージェント達やカヌー少年ジョンとの出会いと、彼らの周辺で展開された様々なことがらを、全島民に向けて「報告」したここまでの流れは、ある意味でひとつの物語のプロローグ。

で、ここからは僕、真名哲也のごく私的な日々とそこでの思索の「独白」段階に入る。

「島民個々が自らの物語を育むことで、総体としての島の成立が達成される」というミスターGのトランスアイランド観を受けて、僕が淡々と記録する私的物語が、共通の価値観で結ばれた他の島民達の物語と密接に反応し合うシナジー効果を生むかどうかを試してみたいのだ。

共通の価値観で集いながらも、島民個々にはそれぞれの思想や夢がある。
そしてそのパーソナルな部分が全て達成されてこそ、トランスアイランドは真の「楽園」となりうる。

つまり、今までの「報告」は島民共通の価値観の部分であり、これから先の『儚き島』は、真名哲也の思想表現と夢の追求となり、その行間には同時進行する幾多の島民の思想や夢がネットされてあるということだ。

僕は言葉を紡ぐことで世界と向き合っている作家だ。
故に、この手記を通じて夢を追い続けることにしよう。
時には、大いなる自然への感謝で。
またある時は、文明への異議申し立てを通じて。

そして、それを読む「貴方」は、自分流のやり方で夢を追えばいい。
それが絵を描くことであっても、魚を獲ることであっても、波に乗ることであっても、全ての夢は自らが選び歩む道の先に輝く。
個々が眼前の一本道を進む中で互いの道は交差し合い、そこに共感と友情が生まれるのだ。

さて、今回、僕はひとつの宣言を行う。
「空想作家宣言」だ。

他の誰にも真似できないネットワークを舞台とするオリジナルの執筆活動。
それはフィクションでありながら絵空事ではなく、ノンフィクションでありながら物語的な、いわばハイパーフィクション。

そう、僕は「空=ネットワーク」に「想=思い」を発信する作家として、新たなスタートをここに宣言する。

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窓の外は、とぎれとぎれの雲海と遥か下方に広がる青き太平洋。

いったい何度この景色を見てきただろう?
ただ、空が広がり、雲が浮かび、静寂が漂う…

僕にとって、飛行機の旅ほど高純度の旅情体験はない。
列車や車による旅も、もちろん好きだが、「車窓」ならぬ「空窓」の景色を前にする浮遊感ほど心地良い感覚はないのだ。

ガラス1枚隔てて、そこにヒトが生身では存在不可能な空間が膨大に広がっている現実感。

他のどんな手段よりも高速で移動していながら、最もゆったりと動いているような錯覚感。

時差を行き来することで、昼夜や時間を越えることが可能な超越感。

非力であることや、不安定であること、極小の存在であること。
それらの本来ネガティブな要素を甘んじて穏やかに受け止めることのできる飛行体験は、人類の最も文明的な成果でありながら、どこかに根源的な祈りが潜んでいるような気がするのだがどうだろう?

浮遊感の中で一眠りすることにしよう。
目覚めれば、そこはきっと、今までとは違う日本の東京だ。

------ To be continued ------


※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】

コロナ禍で気付けば3年以上海外に出ていない…
国内フライトは結構頻繁になっていますが、この回に記した「浮遊感」のようなものは、やはりパスポートを持って出国手続きを経て旅立つ先でしか味わえないものです。

時差を超えて旅する頻度の多かった僕にとって、同じタイムゾーンで3年以上の月日を重ねる体験自体がおそらく数十年ぶりで、ここのところ無性に海外に出たくなっているのです。

久しぶりに訪れるとしたら、何度も行き来してきたハワイかシンガポールか?

現地に着いて入国手続きを終え、空港から一歩外に出た時に感じる、あの風や熱気…
そこから遠ざかってしまった自分を取り戻すためだけにでも、旅を「画策」したいと思います。
/江藤誠晃


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