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109.未知なる国へ

2004.3.16
【連載小説109/260】

今、この瞬間。
小さな液晶画面を通じてこの文面に向かっている貴方は、新たなる時を迎えたといっていい。

「貴方」と記したのは、もちろん、この連載手記を読む全ての「貴方」だ。

そこには大きく分けて2種類の読者が存在するはずである。

まずは、太平洋の真ん中、ミクロネシアとポリネシアの中間海域に浮かぶトランスアイランドという小さな島に暮らす210人の移住者諸氏、すなわち僕の同胞。

そして、もう一方の読者。

そう、日本に暮らし携帯電話の電子書籍メニューからこのネット小説に辿り着いた初めての「貴方」たち。

既に建国以来2年弱の時を経ているトランスアイランドという実験国家。

そのインナープログラムとして島民のみに週刊配信されてきた『儚き島』が、今週から日本向けに同時公開されることになった。

作家である僕が、淡々と積み重ねてきた手記がグローバル作品への第1歩を踏み出すわけで、大袈裟に表現するなら、第109話と題された今号は、南海に浮かぶ名もなき小国の開国記念号なのである。

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初めて読者が多いはずだから、改めて自己紹介をしておこう。

僕の名前は真名哲也。

1963年生まれの40歳で職業は作家。

「旅を人生の住処とする」などという芭蕉気取りの半生を南の島々への放浪と小説創作の中に過ごしてきたが、縁あって2年前に誕生したトランスアイランドの初期開拓民となった。

島においては本業の作家業に加えて文化エージェント職に就き、ささやかながら国づくりへの協力活動を行っている。

ちなみに、エージェントとはコミッティと呼ばれる島政府のブレーンスタッフともいえる専門家のことで、僕のドメインである「文化」の他に「法律」「環境」「社会」「マーケティング」「産業」「広報」の計7名が存在する。

エージェントとしての僕のミッションは、難しく解説すると「作家という客観視点によるトランスアイランドの歴史と社会及び取り巻く環境の観察記録」なのだが、要はこの『儚き島』というコラムかエッセイのごとき手記を「ミクロの生活史」として重ねているだけのこと。

他エージェントによる各専門分野からの貢献度に比べて、その気楽さと負担の軽さに恐縮すること多々ではあるが、唯一自信を持って成果を披露できるとすれば2002年2月のスタート以来、本業が忙しくとも、世界のどこへ旅していても、休むことなく108週の連載を重ねてきた継続性の部分だろうか?
(余談になるが、僕は今回の手記を太平洋ではなく日本の真ん中から発信している。詳しくは次号にて)

次に、トランスアイランド・プロジェクトそのものにも触れておこう。

「文明から距離をおいた南の島で、人類の豊かな未来を模索する」

そんな目的を持って誕生したトランスアイランドは、文明と自然が共存する未来形の楽園づくりをエコロジーとテクノロジーの融合の中に実現しようとしている。

ゼロからのスタートではあったが、2年間の活動の中で周辺国家との連携プログラムや世界をネットワークしてのビジネスモデルの芽も生まれ、建国3年目に入る4月以降には幾つかの具体的プランも稼動する予定だ。
(この『儚き島』の日本向け公開もその一環として実現した)

ところで、僕はこの手記上でトランスアイランドのことを国家扱いしているが、現実としては、この島は国際的に認められた独立国家などではもちろんなく、「トランス・セブン」と呼ばれる世界レベルの富豪達の投資をベースとする民間プロジェクトだ。

彼らの目的は既存国家群に続く新しい国を誕生させることではなく、全ての国家を繋いで成り立つ形而上のヴァーチャル国家運営。

そして、トランスアイランドはそのプロトタイプとしての社会実験の場であり、中長期的には、ここで生み出される適正な技術やシステムとビジネス、さらには思想までを世界に発信可能な「知の楽園」を目指すシナリオが準備されているのだ。

さて、今号のタイトルを「未知なる国へ」とした意味がお解りいただけただろうか?

そう、新たに迎えた日本の読者にとってのトランスアイランドが「未知なる国」なのでも、トランス島民にとっての日本が「未知なる国」なのでもなく、今日、ふたつの「国」がこの物語上で出会ったことで生まれる双方国家の未来が共に「未知なる国」ということなのだ。

もちろん、僕と「貴方」の出会いも同様である。

互いに慌しい日常があるとしても、週に一度、小さな液晶画面をはさんで向き合うことで僕らの未来は今までとは違ったものになる。

繋がりの中に楽しく明るい未来を共に求めていこう。

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作者として『儚き島』の読み方に関する解説も必要と思われるから付記させていただくことにする。
(島民諸氏には確認の意味でお付き合い願いたい)

既に108話を重ねている長編連載小説と聞くと、途中からの読書参加に抵抗を感じる人も多いだろう。

が、この手記は上記したように現実に流れる時間に同調して紡がれていくライヴなストーリーだ。

ある日、何かの引力に導かれて出会った二人が双方の存在に惹かれ、互いのことをゆっくりと語り合い始め、その小さな積み重ねの中に互いの過去を知り、その人物像と人生観を見出していく…

そんな人間関係の熟成のように物語とお付き合いいただければいい。

紙で出来た書物上の物語では不可能な世界観がネットワーク上の物語には可能だ。

「はじまり」はあっても「おわり」なき現在進行形の物語ゆえに、読者は今日の出会いを基点に重ねられてきた物語の世界を自由に遡って旅することが出来る。

そして、週に1回の連載アップ時に元の場所に戻りさえすれば未来は共に歩むこと可能なのだ。
(つまり、データベース上にたっぷりあるバックナンバーをマイペースで読んでいただきたいということ。1話5分程度の短編だから、日に2、3話ペースで読めば、ふた月足らずでトランスアイランドの歴史は制覇いただける)

「物語の島へ旅する」

と、絶妙な表現でトランスアイランドの広報エージェントは『儚き島』を日本向けにPRしてくれている。

そう、ネットワーク上においては、物語とは「読む」ものではなく、「旅し、暮らす」世界として可能なのだ。

多分、「僕」と「貴方」は、既に「作者」と「読者」の関係を超えている。

「未知なる国」の住民として同じ場所に立ち、同じ未来の方向を向いているのだ。

------ To be continued ------


※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】

作家でありプロデューサーである僕のプランニングは常に構造的なものです。

旅する文学的な実証実験としてスタートさせたトランスアイランドプロジェクトにはギミックとしての「入れ子構造」を組み込むことを当初から計画していましたが、スタートから2年を経たこのタイミングで大きく動き出すことになりました。

20年前の以下のニュースをご覧いただければ、物語と現実がコラボ?する事業であったことがお分かりいただけるかと…
https://www.atpress.ne.jp/news/1948https://www.atpress.ne.jp/news/1948

そもそも「真名哲也」という作家は「ヴァーチャル作家プロジェクト」なる僕のアヴァター的存在を空想世界に生み出し、「彼」が一人称で語る現実の世界をテキスト化していくハイパーフィクション的「企て」でした。

今風に言うと「Society5.0」ということになるのでしょうか?
この頃から僕の人生とふたつの世界を行き来する日々となり、この5年間の連載を終えた後も、真名哲也と二人三脚で生きてきたような気がします。

40歳の主人公が60歳になった今、当時の読者の方々も20年の月日を重ねられたのかと思うと不思議な気がします。

そして、この回顧録を残した後、さらなる20年を経た世界には僕も真名哲也も存在しない可能性が高いのです…

自身の活動を博物館の展示物のように、無限のネットワーク空間に封じ込める。
これが僕の最後の務めなのかもしれません。
/江藤誠晃

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