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002.地図にない島

2002.2.26
【連載小説 2/260】


遥か彼方の水平線を見据えて進む豪華客船のクルーズもいいが、波をかきわけて進むトローリングボートや、穏やかな海に漕ぎ出すシーカヤックが好きだ。
なんといっても、海と自分の距離が近い。
近いがゆえに感じる地球の鼓動も違う。

同様のことは、地表を離れた空の上でも成り立つことを知った。
滑走路がなくても、そこに水辺がある限り、どこへでも行くことが可能なフロート付きの水陸両用セスナ。
「冒険」という鼓動があるなら、そのリズムを小さなプロペラで小気味よく刻む飛行体。
僕はその日、はじめて見るトランスアイランドの島景をそんなセスナの窓から見下ろした。
ジェット旅客機では味わえないゆったりしたスピードと低空飛行の中で…

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トランス・コミッティからの執筆依頼メール。
さらに驚いたのは、その後の展開だった。

興味心から
「自らの執筆テーマに近く、プロジェクトコンセプトに大いに共感」
とだけ書いてメールをリターンした翌日。
コミッティの代理人と名乗る人物が、ワイキキで僕が暮らしているコンドミニアムを尋ねてきたのである。

彼の名はボブ。
ハワイ在住の米国人で、おそらく僕と同世代の30代後半。
明朗、快活なスポーツマンタイプの陽に焼けた男だった。

話してみると、見た目の印象とは違ってボブの職業は弁護士。
トランス・コミッティと専属契約を結び、これから作り上げる島コミュニティの内外における法的調整や、各種エージェント達のマネージメントを担当するという。

「エージェント」とはコミッティの指名による特命を受けた島民のことで、各自の持つ専門分野の知識やネットワークを通じて、プロジェクトの推進に協力するオブザーバースタッフだ。
予定されているエージェントの分野は、政治、産業、法律、環境、エネルギー、建築、医療、人類学、防犯など様々で、必要に応じて発掘していくそうだ。
そう説明してくれたボブ自身は「法律」のエージェントである。

追記しておくと、僕もその後の経緯の中で「文化」のエージェントとして指名され、この島に住むことになったのだが、エージェントといっても特別な仕事をする訳ではない。
前記したように、こうして島の日々を淡々とレポートすることと、月例で開催されるコミッティ会議に参加して自由に発言することだけが特命の中身なのである。

さて、その日、コンドミニアムのプールサイドバーで、プロジェクトの詳細を語ってくれたボブは早速にも島を見てみないか?と僕を誘った。

その時点では島の場所を聞いていなかった僕が
「ハワイに近いのかい?」
と訊ねると
「現段階で具体地を教えることはできないけど、君が休みをとってくれるなら、日帰りでも行くことが可能な場所だ」
とボブ。
結局その翌朝、僕はボブと共にセスナ機上の人になった。

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オアフ島を飛び立ったセスナは西に向けて飛んだ。
ボブの説明ではハワイ諸島と日付変更線のちょうど中間あたりを目指すという。
少し北西を目指せばミッドウェイ島などがあるが、その海域に島はないはずでは?と尋ねた僕への彼の回答はシンプルだった。
「地図にない島さ…」

そのひと言が僕の好奇心と冒険心をより一層くすぐった。
市販の地図で見る世界がこの世の全てだと信じることほど愚かしいことはない。
半径数キロの島など太平洋上には星の数ほどある。
実際、低空飛行のセスナの窓から見下ろす大海原には、環礁や岩礁の島が所々に点在し、5時間強のフライトの後、目指すトランスアイランドが眼前にその姿を現したのである。

------ To be continued ------

※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】
この仕事を最初に受けた際に企画書に記したのは「マーケティングノベル」というコンセプトで、フィクションの小説を連載しながら通信ネットワークとモバイル端末の進化がどのようにライフスタイルを変容させるか?を間接的に解説していくというものでした。ところが実際に事前会議を重ねる中で膨らんできたのは冒険小説を書きたいとの思い。連載をいつまで続けるかは決めないという不思議なルールもあったので片道切符で出かける旅のような作品にしようと考えました。

物語2番目の登場人物であるボブに
「地図にない島さ…」
というセリフを語らせたあたりは、このオンライン連載が冒険小説であることを読者に伝えたいとの思いがあったと思います。

結果的に、この作品は携帯キャリアやポータルサイトを転々としながら6年間休まず連載を続けることになったのですが、僕にとっては仕事を超えた知的冒険の日々となりました。
/江藤誠晃

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