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010.サウスウェスト・ヴィレッジ

2002.4.23
【連載小説10/260】


地球温暖化防止
淡水、海水域保全
熱帯雨林保護
絶滅動物保護

これらの環境問題は、近年、より切実なものとなってきた。
加速度的に進む破壊は、既に静観しているだけでは止まらない段階へと至り、積極的に反対の力を加えることでそれを抑止する時代を迎えている。

京都議定書に代表されるグローバルなトップダウン対策。
個人のボランティアに支えられる各種NGO、NPOのボトムアップ活動。
ベクトルの違いはあれ、人類が自然相手に取り組むエコロジー活動そのものは、おおいに推進するべきだ。

闘争と競争を繰り返し、「より多く」「より広く」を求め続けることが最優先課題であった20世紀的価値観に対して、「地球にやさしい…」のスローガンのもと、共生と調和を求めるエコロジーのムーブメントは、人類史を包む地球史レベルからくる時代の要請といってもいいだろう。

しかし、である。
なにごとも本質の部分を冷静に判断することを忘れてはならない。

「人類が自然を守る」という一種の「善意」の中で、環境活動が美化される風潮に懸念する識者もいる。

サウスウェスト・ヴィレッジの環境博物館長、ナタリー・ハート女史がその人だ。

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内陸には珍しい熱帯植物の数々と、そこに集う色鮮やかな鳥類。
海岸に眼を移せば、「海の熱帯林」と例えられる珊瑚礁。
海域には、豊富な魚類に加え、ウミガメやイルカも生息する…

サウスウェスト・ヴィレッジは、まさにライブな自然のミュージアムだ。
一歩このエリアに足を踏み入れた人なら、その聖域性を感じずにはいられないだろう。
人類という存在が、地球という大きなシステムの前では、単なる一構成要素でしかないことを無理なく体感することができる場所だ。

ナタリーは、この村にできたエコロジーミュージアムの館長として、さらにはトランスアイランドの環境エージェントとして島にやってきた。

彼女のエコロジー活動に対する基本スタンスはこうだ。

「環境問題の大半は、人類の行き過ぎた文明がもたらしたもの。我々は加害者としての連帯責任感をもって、臨まなければならない」

散らかしたら、片付ける。
つまり、善意で何かを護るという立場ではなく、破壊の当事者として責任をもって修復すべきということで、僕も同感だ。

彼女は今までも、評論家ではなく行動家として様々な環境問題に取り組んできた。
この島から生まれる彼女を核とする新たなエコロジームーブメントに期待したい。

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サウスウェストのビーチにすわって海を見る僕の眼の前で、中空から海面をうかがっていた鳥がまっすぐ海にダイブすると、小魚をくわえて再び飛び立った。

「食物連鎖」
ふとそんな言葉が心に浮かんだ。

今、鳥に対してその生命をさしだした小さな魚。
その魚もまた、さきほどまでは海中でさらに小さな魚を追い、食していたはず。
食にありついた鳥の側にしても、いつまた別の生命の餌食になるかわからない宿命を持つ…

「死」という個の崩壊があったとしても「食物連鎖」を「環境破壊」と位置づける人は皆無だろう。
そこには、天命に支えられたバランスというものが存在する。

天敵に脅かされない人類はどうか?
自らが生み出した文明の餌食になろうとしているのなら、それは天命をはなれた崩壊といってもいいだろう。

「エコロジー」で護らなければならないのは、実は人類のほうなのかもしれない。

------ To be continued ------

※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】
子供の頃から水族館が大好きで、水槽の中を泳ぐ色とりどりの魚はもちろんのことながら、個人的にはクラゲやサンゴなどの展示に不思議な魅力を感じてきました。
そこは「水中」でありながら「宇宙」のような世界観があるからです。

当時、地球温暖化による海面上昇や海水温の上昇などによるサンゴの白化現象が問題になっていて環境ストレスのことをあれこれ調べていました。

あれから20年。現在では海洋における環境問題で真っ先に取り上げられるのはマイクロプラスチックごみです。
行き過ぎた文明化がもたらす「地球温暖化」には人類に間接的加害者のような部分がありましたが、増え続けるプラスチックごみは我々が直接的加害者である明確性を感じます。

2020年頃には、少しは環境も良くなっているだろうという当時の僕の期待は残念ながら裏切られ続けています。
/江藤誠晃



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