068.海から見える文明
2003.6.3
【連載小説68/260】
沖縄生まれの海中育ち。
戸田隆二君は、彼自身がそう自己紹介するように、まさに沖縄人らしい海の男だ。
彼の仕事はフリーのダイバーにして、水中カメラマン。
ダイビングや旅行雑誌のグラビアや各種アドバタイジング企画から学術調査まで、幅広い海中撮影キャリアを10年以上重ねてきた。
1年の300日以上を海外で暮らし、移動日以外は常に海に潜って仕事をしているという。
そんなに長い時間を海中で過ごしていると、人間社会そのものから遠ざかってしまうのではないかと思うのだが、そこを彼に尋ねると違う答が返ってくる。
曰く、人間界を離れて海へ向かえば向かうほど、人類そのものとその社会特性がはっきりと見えてくるという。
つまり「海からこそ見える文明」があるということだ。
そんな彼と那覇空港で3ヶ月ぶりの再会をしてから1週間。
僕は沖縄本島で一種の文明観察を行った。
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実は我々はまだ沖縄本島にいる。
予定していた石垣島訪問は2、3日後になりそうだ。
経緯を説明しておこう。
常に世界中を転々としている戸田君にとって、故郷沖縄とその周辺の島々は、仕事で年に何度も来る場所でありながら、里帰りを楽しむ余裕は常にない。
が、今回は珍しく半月の帰省が可能となった。
原因はSARSである。
当初、僕らは那覇空港で合流後すぐに石垣島へ渡り、そこで2日を共に過ごすことになっていた。
戸田君はその後いったん東京に戻り、シンガポールで行われるロケに参加する予定だったが、クライアントの渡航自粛に伴い仕事がキャンセルとなったことで予想外の休暇となった訳だ。
そんな彼から、石垣島へ渡る日程を1週間延ばし、沖縄本島をひとつのテーマで観察してみませんか?との提案があった。
僕のほうは、時間に縛られない片道切符の旅だから寄り道になんら問題はないし、何よりも戸田君のかかげる沖縄観察テーマが興味深いものだったので、その提案を受けることにした。
「琉球化する沖縄」
それが、彼のテーマだった。
故郷沖縄は、米国化でも日本化でもなく、未来に向けて琉球化しつつあるというのだ。
マルチメディア・アイランドとして自立経済を目指す沖縄は今、大きな変革期に突入している。
一方で米軍基地という難題を抱えながらも、金融や貿易の特区構想が動き出したことでアジア太平洋地域経済の台風の目となる可能性を秘めているのだ。
日本においては辺境にありながら、ITを原動力に未来を模索する沖縄のモデルはトランスアイランドのNWヴィレッジに通じるところもあり、以前から興味を持っていた。
そして、そこを「国際化」ではなく「琉球化」と捉える戸田君の視点には、大いに学ばせてもらうことになった訳だが、ここでは特に注目すべき沖縄本島北部ゾーンのことに触れておこう。
「エリアフリー」なるビジネス概念がある。
ITやネットワークが実現する空間や立地に制約されないビジネス形態とでもいえばいいだろうか?
たとえば名護市のマルチメディア館。
ここにはNTTのコールセンターが入居し、現地雇用のオペレーター達が本土業務を遠隔的に行っている。
たとえば宜野座村のサーバーファーム。
世界レベルで通用するこの本格的データセンターは、裏手が海岸というリゾートオフィス環境だ。
そう、これらは場に拘束されないビジネススタイルとしてエリアフリーの実例で現実に稼動し、成功を収めている。
そして、これは日本国内だけがターゲットではない。
経済特区化された沖縄には、その立地や関税メリットにより外資系企業の進出や貿易拡大の可能性が生まれている。
かつては、東京がアジアの核と言われた。
が、どうだろう?
沖縄をコンパスの中心に東京を結んで大きな円を書けば、ソウルや上海、香港、台北、マニラといった主要都市がネットされる。
ここが21世紀のアジア太平洋ネットワーク拠点となることは、決して夢ではない。
ここまで記せば、戸田君のテーマである「琉球化する沖縄」は容易に理解可能だろう。
かつて、自由と自立のもとに小国ながら日本や中国をはじめ数々の東アジア国家とのネットワークを獲得していたのが通商国家琉球王国だ。
未来の夢は過去の栄光とリンクされて島の中にある。
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戸田君は、沖縄が本土に復帰する4年前の1968年生まれ。
その人生のスタートは米国領の日本で、物心ついた頃には正式な日本に戻っており、彼はその後18歳まで島を出ることなく沖縄で暮らしたという。
彼によると、70年代から80年代へと至る沖縄は、一方で徐々に日本へと回帰する動きがありながら、他方では沖縄を含む日本そのものが刻々と欧米化していくという交錯的空気の中にあり、そこで育ったことが自身のアイデンティティに大きな影響を及ぼしたという。
島に吹く様々な方角からの風を敏感に感じるのが、そこに暮らす者のみであるように、彼は20世紀後半の沖縄のポジションを成人過程において五感レベルで体験したに違いない。
その後、沖縄を離れ、何処の土地にも根をおろすことなく10数年を世界各国で暮らし、海から文明社会と故郷を観察してきた彼が沖縄の今後に期待する「琉球化」とは、極めて魅力的なベクトルだと思う。
人が何処で生まれ育ち、そこで何を感じ、何を得てそこから新たな場を求めたか…
その意味は大きい。
戸田君にも、この僕にも、掛け替えのないそれぞれの過去と現在の先に未来はある。
そして、国家や島もまた、自ら体験した歴史から得たものの向こうに未来を求めなくてはならないのだ。
侵略や戦地化、統治、基地負担…、それら全てを抱えて沖縄は今、未来を求めている。
戸田隆二という人物との出会いにより、僕の中で、見えざる島のネットワークがまたひとつ強く、大きなものとなった。
旅は順調である。
------ To be continued ------
※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。
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