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029.マーシャル2020年

2002.9.3
【連載小説29/260】


ワークショップ報告(5)

「5年前にマーシャル諸島共和国第二の国際空港となったクワジェリン空港にグアムからの直行便が到着し、タラップから日本人の若者数十人が島に降り立つ。
空港職員に案内されて、“Yokwe”(こんにちは)とマーシャル語で書かれた案内ゲートをくぐり、小さいながらも近代的な空港の建物へ入ると、入国審査のゲートがふたつ。そこで手続きを済ませてメインフロアへ進むと吹き抜けの空間に木造りのカヌーが飾ってある。
若者たちを迎えるのはよく日に焼けた現地NPO法人のスタッフで、空港内のオリエンテーションルームに手際よく案内すると、毎週到着する“カヌープログラム”の新規メンバーに対して長旅の労をねぎらうと同時に2週間の滞在プログラム資料を配布し、簡単な解説を行う。
この小さな南の島におけるミクロネシア伝統航海術をベースとしたスタディ・プログラムが始まるのだ・・・」

小説のプロローグのような書き出しで今週の手記を始めた。
が、これは単なる空想の未来物語ではない。
ジョンが実現するであろう2020年のマーシャルを、僕なりに予測したマーケティングストーリーだ。

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ジョンがトランスアイランドで学び、考えたことは既に彼の頭と心の中にあり、そこから始まるシナリオには幾通りもの可能性がある。

ここでは僕なりに考えるその理想形を続けよう。
明るい未来を信じながら…


「振り返って考えてみると、この二十年ほどの間に、ゆっくりとではあるが、世界は着実に良い方向に向かってきた。
新世紀の幕開け後すぐに起こったテロは、世界中に暗い影を落としたが、それを教訓に、その後の国際協力の中で国家・民族間の対立はかなりの部分で解消されたし、世界恐慌か?とも懸念された経済も全体的に回復し安定期を迎えたといえる。
また、その間、軍縮は進み、環境保全も具体的な成果をあげ、世界はかなり“住みやすく”なった。
人々の生活に目を移せば、ITによる生活の質的進化が適正な豊かさを提示する結果となり、デジタルネットワークを舞台に様々なグローバル文化が生まれ、“ハイパールネサンス”なる形容詞まで生まれるに至った。
そんな善循環を明確なかたちで目にできるのが、このマーシャル諸島共和国だろう。
米国への軍事基地提供で成りたち、“補償漬け国家”とまで酷評された島国がITと観光産業で自立化の道を邁進し、いまや経済的にも精神的にも独立を勝ち取る勢いだ。
米軍が引き上げたクワジェリンの島を、その設備を上手く引き継いでハイテク基地化すると同時に、環礁の島ならではの豊かな自然環境を国際的な海洋観光地へと変身させたのである。
自然への配慮からツーリストの総量規制を行うことでバリューの高まった島は、カヌー、ダイビング、フィッシングの聖地として世界中に注目されるまでになった。
また、マーシャル観光の成功は、それらのアクティビティを全てスタディー・プログラム化したところにあり、近年、文明国家の画一的教育システムが生み出す様々な弊害への反省から潮流となった自然や異文化に触れる体験型フィールドスクールのモデル地域としてアジア、オセアニア、米国などの環太平洋国家から広く訪問者を集めているのである。

日本から到着したグループの面々は、既にインターネットで伝統的航海術の思想や歴史の通信講座を修了し、太平洋上の星や海流を読みながら目的地を目指すゲーム形式のオンライン・プログラムで一定の成績を修めたメンバーである。
つまり、彼らはスタディー・プログラムの前半部ともいえるヴァーチャル・プログラムの修了者で、今日からのクワジェリン滞在期間に、本物の太平洋で、マーシャルで正式に認められた伝統的航海師から古式航海の実地研修を受け、最後には近隣の島への自力航海を行うのだ。
また、その彼らの航海データは、そのまま実例としてプログラム化され、即オンライン・プログラムに組み込まれることになる。
つまり、このプログラムに参加する全ての人の体験がヴァーチャル・スペースに蓄積され、グローバルにネットワークされる仕組みなのである。

オリエンテーションルームに戻ろう。
スタッフからの解説に続いて、海上プログラムの責任者が紹介される。
日に焼けて精悍なその航海師は名をジョンといい、2002年にトランスアイランドへ向けて・・・」

と、明るい未来が今のこの島と繋がればいいのだが…

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いよいよ今週末、ジョンがマーシャルに帰る。
実は、僕とボブが彼を送ってマーシャルへ行くのを機会に、カブア氏と国交活動を話しあうことになった。
一週間ほど滞在して、改めてジョンの祖国とその未来を見つめてくるつもりだ。

ということで、この手記の次号はマーシャルから送ることになる。
スタート以来はじめての島外からの発信だ。

以前は島々を転々としながら執筆活動をしていたから、目新しい体験ではないはずなのだが、僕は今回の旅を前に何故かそわそわしている。
一種の大使として、つまりはトランスアイランドを背負って外国へと赴くからだろうか?

不思議なもので、立場が変わることで、人は充分に体験して慣れた行為に対してでも新鮮さや緊張感を感じるものなのである。
僕はトランス島民としての自覚を、また強くしている。

------ To be continued ------

※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】
トランスアイランド・プロジェクトは「9.11米国同時多発テロ」を受けて世界が揺れた2001年後半にマイクロソフト社の新ブンガク創造事業としてスタートしたプロジェクト。
そのコンセプトは「テクノロジーとエコロジーが融合する未来社会」で、世界各地を飛び回っていた僕にネット小説のオファーが届いた…というのが経緯でした。

物語が模索する「未来」をどこに設定するか?ということで、混迷でスタートした21世紀も20年先には少しは落ち着いているいるだろうという楽観で2020年を意識したストーリーを紡いでいきました。

残念ながら、振り返ってみると、僕がこの回に記したような旅の進化プロジェクトは絵空事のようで、「感染と戦争の時代」で世界を飛び回ることなど難しい時代になってしまいました。

一方で、今、僕は「空飛ぶクルマ研究室」を立ち上げて、2040〜50年の社会像を模索しています。

悲観を楽観に変える知的探究の旅自体はくじけることなく継続中です。
/江藤誠晃




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