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067.紙は有限、電子は無限

2003.5.27
【連載小説67/260】


東京滞在が1週間になる。
成田空港への着陸アナウンスを耳にして、心地良い眠りから覚めて見下ろした大都会に一瞬目眩のようなものを感じた僕も、時差ボケが数日で解消可能なように東京(文明)時間にすんなり同調した。

東京に1週間も滞在したのは、本業である各種出版活動の打ち合わせを一気にこなすためだ。
日頃はメールを通じてのやりとりが多い編集者たちと、久しぶりに顔を合わせて行う打ち合わせも悪くない。

僕の中には、クリエイティブワークに携わる者としての環境的優越感と、日々進化する出版やITビジネスの現場から離れた少しの焦燥感があり、彼らの中には、メディアの最前線にいるダイナミズムと、慌しい日々に追われるストレス感がある。

双方違うジレンマを抱えながらも、リアルなコミュニケーションの中でそれらが融和し、化学反応のようなものを起こし、先へと進むパワーが生まれるのだ。

そんな東京滞在で決意新たにすることがあったのでまとめておこう。

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「紙は有限、電子は無限」

そんなテーマをこれからの作家活動の中心に置いていこうと考えている。

ネットワーク上に創作の場を求めて3年以上を経たが、そこで得たのは電子出版という市場の将来性と限界の双方。
以前なら夢でしかなかった技術や機器が可能となり、読書や執筆を取り巻く環境が大きなパラダイムシフトの時期を迎えているのは確かだ。

が、出版のIT化が資源の有効活用や情報流通の公平性とスピードを高める善循環のシナリオであるにもかかわらず、その成果は今のところ現実レベルで見えてきていない。

何故か?
そこにフィロソフィーの部分が欠けているのだと僕は思う。
Why?何ゆえに、電子出版なのかという哲学の部分だ。

森林資源の破壊は、そこに棲む野生生物の生態系の破壊にとどまらず、土壌流出や洪水による周辺住民の生活破壊はもちろん、二酸化炭素吸収システム減少によって、地球温暖化という全地球的課題にまで関わってくる。
そう、各種環境問題もまた、生態系のごとく全てが微妙に関わりあって成り立っているのだ。

そこで真剣に考えなければならないのが出版という知的産業の抱える構造的矛盾の部分。
紙、つまりは木材資源に頼る出版物の数的成功は、そのまま自然へのインパクトへと直結する。
加えて、成果物としての書物を求める側とそれを発信する側との出会いの背後には、その何倍から何10倍もの廃棄される捨て石的資源があるのだ。

特に日本の出版事情には危機的なものがある。
世界有数の木材輸入国である日本は、同時に世界的に見て突出した出版国家である。

日本が世界の産業用材輸入市場の40%近くを占める外材消費国であり、木材パルプの全輸入市場においても10%以上を占めていること。

80年代から90年代における年平均の地球上における熱帯林面積の減少は、日本国土の40%を越えていたこと。

日本では120種以上の日刊紙が発行され、その総出版量は米国を抜いて世界1位で、ひとりあたりの発行数が0.5部を越えること。

これらのデータを見れば、日本がいかに他国の自然資源を破壊しながら、過剰かつ非効率な出版活動を重ねているのかがわかる。
ともすれば、環境保護や行き過ぎた文明に対する警鐘のメッセージさえも、「紙」の上にのることで破壊活動への加担となってしまうのだ。

が、悲観的になることはない。
出版とは「個」が何事かを「社会」へと発信すると同時に、全成員がそれを平等に受信可能な、優れて民主的な知的プログラムであり、それ自体は揺らぎない「善」だ。

そこに生まれた副産物としての「悪」があるなら、出版に携わる者たちの知性で解決をはかればいい。
そして電子出版の可能性はそこにある。

一方で、電子の世界で書物を再現しても(たとえばこの『儚き島』)、僕はそこで生まれるコンテンツに紙の書籍に到底かなわない限界の部分を感じる。

「紙」という人類が遥か過去に編み出した記録と伝承のメディア。
そこには、手にした時に感じる質感や、パラパラめくるシンプルにしてアナログなアクセス法、パッケージとしての存在感など、電子コンテンツに追い越せない潜在能力がある。

つまり、電子書籍に紙の書籍に取って代わろうなどという野心は無駄なのである。
が、同時にフォローメディアに甘んじることもない。

「有限なる」資源としての「紙」から生まれる書物の意義を高め、言葉や情報が持つパワーの伝達効率を高めるために、「無限なる」電子コンテンツの担うパートや文化は必ず存在するはずだ。

幸い、僕の知る日本の出版業界の編集や企画現場の中には、電子出版の市場性を的確に捉えている人たちが少なからず存在する。
彼らとの連携の中でなら、「紙は有限、電子は無限」をテーマとする出版活動はきっと可能だ。

うれしいことに『儚き島』をオンデマンド出版しようかというアイデアも出ている。
久しぶりの東京滞在はとても有意義なものだった。

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明日、沖縄へと旅立つ。
モルジブから帰った戸田隆二君と那覇で合流し、石垣島へと渡る予定だ。

日本の亜熱帯ゾーンの自然と、そこに暮らす人々を新たな視点で観察してみようと思っている。
もちろん、戸田隆二という魅力溢れる“旅人”のヒューマンウォッチングも忘れないでおこう。

そして、石垣ではWWFの「しらほサンゴ村」を訪ねる。
その成果がジョンのプロジェクトへの協力に役立つ旅にしたいものだ。

次回も旅の途上から空想作家の思索をライブで中継しよう。

------ To be continued ------


※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】

現実世界と空想世界が交錯する同時進行型小説という、今風に言えばDX系文学を目指したのが『儚き島』という作品でした。

マイクロソフト社のスポンサードを受けて進めた事業でしたが、ここに記した「紙は有限、電子は無限」というコンセプトは、その前に関わっていた国産の電子ペーパー事業へのコンテンツ提供で打ち出したものでした。

連載が1年を超えたこの頃に、携帯キャリア向けコンテンツに横展開できないか?というオファーを受けたのは本当の話で、その後に楽天ブックスで取り扱われることになりました。

こういった想定外のシナジーを楽しみながら5年間に及ぶ長期連載を休まず続けることになるのですが、今から振り返ると片道切符の「創作の旅」は、その後も様々な化学反応?を各所で生み出していくことになりました。
/江藤誠晃

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