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005.PDA

2002.3.19
【連載小説5/260】


「21世紀はPERSONALの時代」
よく聞くフレーズだ。

「個性」、「人格」、「プライバシー」…
国家や集団が優先された時代の中では2の次とされた個人に関わるキーワード。
それらが表舞台に出てくるのは喜ばしいことである。

では、これを地勢や環境の観点で表現するとどうなるか?

「大陸の時代から島の時代へ」

望ましいのは、そんなベクトル転換ではないだろうか。
最も深いところではひとつに繋がった島々が、それぞれの色彩を放ちながら、母なる海に包まれて豊かに点在する…

トランスアイランドは大海の中の「孤島」だ。
が、同時に、明確な個性を持って21世紀を生きる「個島」でもある。

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PDA。
パーソナル・デジタル・アシスタント。
いや、アシスタントを超えてエージェントと表現した方がいいか?

テクノロジーが可能としたパーソナルなライフスタイルの成果のひとつとして、優れた携帯小型情報端末の存在がある。

今こうして椰子の木陰で思索する僕の掌の上にも一台のPDAがある。
この島をはじめて訪れた日の帰路。
セスナ機上でボブから渡されたトランスアイランド専用のポケットPC端末だ。
紹介しておこう。

コードネームは「nesia」。
重量が300gで、片手にすっぽり収まる。
OSはマイクロソフト社のPocket PC 2002。
高速CPUとゆとりあるメモリが快適な動作を約束する。
加えて、2ヶ所のスロットに装着可能な様々なオプションが、パーソナル機器としての幅を広げることに成功しており、「nesia」さえ手にしていれば、島のどこにいても、そこが自分の居場所であるがごとく生活可能なのである。

ユニークなのは接続部がスロットルに差し込まれるタイプの液晶保護カバーと一体化したソーラーパネル。
携帯端末の課題ともいえるバッテリーの持続性をフォローするシステムであると同時に、トランスアイランドの基本思想である「環境へのローインパクト」を具現している。

もちろん、この端末は日本や米国では販売されていない。
トランスアイランドに賛同する企業間で展開する横断プロジェクトとして、プロトタイプが極秘に制作され、島民がいわばモニター的にそれを活用し、端末としてのクオリティをメーカーとともにブラッシュアップしていく、という図式のマーケティングプロジェクト上にある実験機だと考えてもらえばいい。

また、ハードだけではなく、そこに搭載されるアプリケーションやユーティリティソフトにも同様の社会実験的シナリオが内包されており、そのベースには、島で生まれるアイデアを世界に発信することで「ネットワーク通商国家」を目指す、というコミッティ戦略がある。

「人類の真の豊かさ」と「文明と自然の調和」を模索するこの島のコンセプトが凝縮された「夢の端末」。
それが「nesia」だ。

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ところでコードネームの「nesia」なのだが、語源はポリネシアやミクロネシアなどの語尾から来ていて、意味するところは「島々」である。
無数の島が散在する海域には、その数だけ多種多様な文化や価値観が存在するが、そのパーソナル性から採用したという。

古来、南洋の民は島の独自性を守りながら、かつ、他島の個性を尊重する中に繋がりを保った。
つまり、彼らの価値観こそ、西洋文明の画一主義に対して、むしろ21世紀的だったといえる。

ならば、島を人に置き換えてみるといい。
そう、僕らは今、少し荒れ気味の大海に散在する「個島」群なのだ。

------ To be continued ------

※この作品はネット小説として20年前にアップされたものです。

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【回顧録】
マイクロソフト社からお声がかかってこの作品を創作をするに至った経緯ははっきり覚えていないのですが、この前にSONYのPDA端末『CLIE』のプロモーションサイト向けにハワイを舞台とする書き下ろし小説作品を提供していたのがきっかけでした。
SONYが採用したOSが「Palm OS」だったころから『Waikiki Palm Life』なる作品をリリースしていました…

iPhoneが登場する7〜8年前に掌上の端末向け文学プロジェクトに関われたことはその後の僕のキャリアにとって幸運でした。
小さい頃からガジェット好きだった僕は、中学生になると見様見真似でトランジスタ・ラジオを作った世代だし、当時世に出たカセットテープに収集していたレコードの音源を録音するのが趣味のようなものでしたが、端末はできるだけ小さなサイスを購入しました。
目的はシンプルで音楽を聞く場所はインドアではなく、アウトドアであるべきとのこだわりがあったからです。

あの頃の僕が現代のスマートフォンを見たら驚愕するでしょうが、この作品に取り組んでいた20年前の僕が小さな端末を眺めながら日々夢想し続けた未来がこんな物語だったのです。
/江藤誠晃


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