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最後のブルートレイン


2013年11月16日の夜。僕は上野駅13番乗り場にいた。

行き止まり式のこのホームに青い車体が機関車に押されゆっくりと後ろ向きに入線してくる。上野名物の推進回送である。停車すると正面の扉が閉じられてヘッドマークが美しく暗闇に映える。

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かつて都心から東北、上信越地方への玄関口としてひっきりなしに特急、急行が発着していた上野駅では四六時中このような光景を見ることができた。しかしながら1982年の東北、上越新幹線の開業を皮切りに、以降山形、秋田、長野と各地に新幹線が伸びるにつれ、在来線は長距離輸送の役割を終え、昔ながらのいわゆる【特急】、【急行】は時代の流れと共に姿を消す事になった。


僕が鉄道に夢中になっていたのはいつ頃の事だろうか?幼少期、熱狂的に鉄道にのめり込んだ時期があるのだが、記憶を辿るとどうやら1986年の秋頃から三年間ほどのようだ。

これは僕の小学四年〜六年生の時期にあたる。国鉄が民営化されJRになったのが1987年の4月の事なので、国鉄の最後の時代からJR発足直後の時代をカメラ小僧として列車を追いかけ回して過ごしていた。

当時は全国各地に独自のヘッドマークをつけた特急列車が数多く走っており、これを写真に撮る事が最高の楽しみだった。旅行に行けば必ずその地域の列車を撮影して帰ってきた。と言うよりも、鉄道に乗り、写真を撮る為に旅行に連れて行って貰ったという方が正確かもしれない。

そのうち小学校高学年になると日本地図や全国の路線図が全て頭に入り、時刻表も難なく読めるようになったので、長期の休みには遠方の親戚を尋ねて一人で旅行するようにもなった。その目当てはもちろん鉄道だったのであるが。

当時は東京、上野を発着駅とする特急列車が多かったので、関西在住だった僕は東京に行くのをいつも楽しみにしていた。とりわけ上野駅は多くの特急列車が発着していたので、時刻表を調べ、効率良く撮影できるルートを探しながら、東北、上信越各地から到着する寝台列車を追いかけ早朝から駅構内を走り回っていた。

東北上越新幹線の開業以降、上野駅を発着する特急列車は激減していたが、それでもJR発足当時はまだ多くの特急列車の姿を見ることができた。とは言え東北上越新幹線開通以前と後ではその種類も本数も比べものにならない。なので当時撮影できる列車を全て撮影すると、新幹線開業前の列車を撮れなかった事が残念に思われて仕方なかった。『新幹線開通以前の列車を見てみたい…』当然その願いは叶うことはないのだが、その思いが強すぎて、東北、上越地方は自分の中で未だに夢の世界のような印象がある。実際まだこれらの地域にはまだほとんど脚を踏み入れたことがない。

それから約四半世紀が経ち、今は特に熱狂的な鉄道ファンでもない。実際、最近の時刻表を見ても知らない列車ばかりだ。自分の中のデータは四半世紀前のままなので、久しぶりに時刻表を見ると知っている列車がなくなっていることに寂しさは感じるが、特に驚きもしない。しかしながら2013年の11月初頭の和歌山に滞在中、偶然知ったニュースに大きな衝撃を受けた。

寝台特急【あけぼの】が来春廃止

全国各地のブルートレインが長距離バスの普及や車体の老朽化に伴い廃止されているのはニュースを耳にして知っていた。そして僕が夢中になっていた時代のブルートレインもその例外では無かった。かつて大阪駅で毎日見ることのできたブルートレインはもう走っていない。明らかに一つの時代が終わろうとしているな、と思っていた。

当時の時刻表を調べてみると、2013年現在で走っている寝台列車は七種類。大阪ー札幌間を結ぶ【トワイライトエクスプレス】、上野ー札幌を結ぶ【カシオペア】が少し高級な寝台列車として定期運行されている。豪華寝台特急と言えばこの年から運行開始した【ななつ星】があるが、これは今迄の寝台特急と全く違った位置づけである。

他には東京から出雲、高松を結ぶ【サンライズ出雲、瀬戸】これは機関車が客車を引くブルートレインではなく、電車として運行している。青の車体のいわゆる【ブルートレイン】は上野ー札幌を結ぶ【北斗星】、それと上野ー青森を結ぶ【あけぼの】の二つしか走っていない。このうち【北斗星】はJRになってから走り始めた列車なので、歴史は浅い(と言っても25年は経つのだが…)。

なので国鉄時代から走り続けるブルートレインはもはや【あけぼの】しか残っていない。当時とは牽引する機関車も走行ルートも全く変わっているとは言え、【あけぼの】は僕が永久に憧れる東北特急唯一の生き残りでもあるのだ。その【あけぼの】が廃止される…


関西在住の身としては上野ー青森を結ぶ列車に乗る用事など中々ない。しかし今乗らないと恐らくは永久に乗ることが出来ない事も良くわかる。しかも自分のスケジュールをみると行ける日が限られているし、廃止直前は鉄道ファンが殺到してチケットが手に入らないであろう事も容易に想像できる。

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なので思い切ってこの日【あけぼの】に乗る事にした。幼い日の僕に大きな夢を与えてくれた東北上越特急へのお礼の気持ちを込めて、国鉄時代から続く最期のブルートレインで初めての東北、秋田に向かう。

機関車はEF65からEF64に変わっているが客車は僕の知る当時から変わっていない。ずっと憧れてた24系客車。大阪駅でこの車両を見る度、『いつかこれに乗って遠くに行ってみたい』といつも思ってた車両。当時は叶わなかったが今夜四半世紀越しでその夢が実現するのも不思議な気持ちだ。

扉が閉まり、ゆっくりと動き出す。寝台特急で夜の上野駅を出発するのは格別な思いだ。今から遠くに向かう実感が湧いていくる。車内放送に耳を傾けながら帰宅する乗客であふれる都心の駅や列車を横目にゆっくりと北を目指す。この感覚がなんとも特別なものだ。

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この夜はゆっくりと道中を楽しむ旅にできた。時折停車したり通過したりする駅名を目で追いながら、時刻表を熟読していた頃のかつての記憶を引き出して懐かしい思い出に浸りながら過ごしていた。

翌朝下車した秋田の駅であけぼの見えなくなるまで見送りながら、興味を持ったものには脇目も振らず何にでも夢中になっていたあの頃の自分に思いを馳せると、いつの間にか忘れていた大切なことを思い出せたような気がした。

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Tabinova:ダイスケ

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