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「車でお遍路」第67番札所 大興寺(天台大師も祀る真言・天台2宗の修行道場⁈)

こんにちは、旅いこかです。

四国八十八箇所巡礼、弘法大師との「同行二人」の旅、67番目のお寺は、

小松尾山こまつおざん 不動光院ふどうこういん 大興寺だいこうじ


66番札所の雲辺寺から約11㎞、車で約20分の場所、

車遍路だと66番札所雲辺寺の空中散歩(ロープウェイ)で山を下り駐車場に戻りのどかな田園地帯にひっそりと佇む大興寺へ約20分。
しかし、歩き遍路だと大興寺への道程は下る道こそ難所であり大変、享保年間(1716-1736年)の頃から50基ほどの遍路墓があるという。

大興寺で驚くことは、真言宗と天台宗が同居していること。
それは、空海と最澄は絶縁関係になって以来の2009年6月15日、約1200年ぶりに真言宗と天台宗の座主が対面して和解したはず。
このお寺では、この絶縁関係の間も懐深く同居していたというのは驚き。

実際に、大興寺は真言・天台の二宗の修行道場で、一時は真言二十四坊、天台十二坊、があったとのこと。

奈良東大寺の末寺として開かれた大興寺は、地元では山号から「小松尾寺」と呼ばれ親しまれている。

では、天台大師も祀る珍しい札所「大興寺」へ参りましょう。

山門には四国霊場最大の仁王像 正面の石段の下には大師お手植えの樹齢約1200年のカヤの木がある
天台大師堂


ご詠歌

植ゑおきし 小松尾寺を 眺むれば 法の教への 風ぞふきぬる


お参りする前に知っておいた方が良い知識

歴史

  • 天平14年(742年)、熊野三所権現鎮護のため東大寺末寺として建立、最澄の影響で天台宗となる

  • その後、火災により焼失

  • 弘仁13年(822年)弘法大師は、嵯峨天皇(在位:809-823年)の勅願により、熊野三所権現鎮護を目的として現在地に諸堂を建立して再興、ご本尊の薬師如来を彫り安置して霊場と定める

  • その後、弘法大師と伝教大師の真言・天台の二宗の修行道場として、一時は真言二十四坊、天台十二坊、が軒を連ねるほどに栄えたという

  • 天正年間(1573-1592年)天正の兵火で本堂以外をほぼ焼失

  • 慶長年間(1596-1615年)、再建したが再び焼失

  • 寛保元年(1741年)、本堂を再々度建立して現在に至る


大師伝説


寺号について

  • 寺号について


ご利益

  • 御本尊の薬師如来
    ・・・大医王仏だいいおうぶつ医王如来いおうにょらいとも呼ばれ、十二誓願じゅうにせいがん現世利益げんせいりえきの仏さま(病気平癒、他)

  • 本堂の七日燈明(赤い蝋燭を7日間灯す)
    ・・・病気平癒、安産、良縁などにご利益


御本尊・ご真言

御本尊:薬師如来
ご真言:おん ころころ せんだりまとうぎ そわか


見どころ

  • 山門の仁王像
    ・・・東大寺仁王像も手掛けた仏師運慶作、香川県最古で四国霊場最大(3.14m)。

  • カヤの木
    ・・・石段右下にあるカヤの木は弘法大師が手植えしたと伝えられる樹齢1200年余りの巨木。

  • 本堂
    ・・・御本尊に薬師如来(60年に一度御開帳、次回は2077年の予定)を祀る。赤い蝋燭を7日間灯して祈祷する「本堂の七日燈明」がある。

  • 大師堂
    ・・・本堂向かって左手にある大師堂には、四国最古との銘のある弘法大師像を安置。

  • 天台大師堂
    ・・・本堂向かって右手にある天台大師堂には、珍しく天台大師(智顗禅師)の像が祀られている。

参拝後、境内から山門へ向かい94段の急な石段を下りる 田園風景の中にあるお寺だが、ここは鬱蒼としている


おまけ情報

  • 過去ブログの「こぼれ話」に空海と最澄が和解したことを書いてます。


写真


次は、第68番札所神恵院じんねいんへ参ります。

2022年7月18日投稿
2022年10月10日改訂

合掌

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