タンザニア_007

キリマンジャロに登る

あこがれの山、キリマンジャロに登頂した。
標高は5,895m、文句無しのアフリカ最高峰である。
山頂で朝日を眺めた、眼下には巨大な氷河が見える、でもここがそんなにも高い場所だとはイマイチ実感がない。気温はマイナス15℃、それにしても寒い。

下山時、山頂を目指す人々と何度もすれ違う。皆、薄い空気の中をつらそうに登っている、その中の一人、白人女性が話し掛けてきた。
「山頂から来たの?」
そうです、と答えた。
「まあ!じゃあ登頂したのね、私も早く上に行きたいわ。頂上はさぞ素敵だったでしょうね。とにかく登頂おめでとう!」
そう言って、彼女は何度も「Congratulations!」と繰り返した。たった今、この頂上にいた自分ならわかる、頂上付近のつらい登り道の最中に他の登山者を祝福する余裕なんて僕にはなかった。

ふと気がつけば、彼女が登頂を祝福してくれた初めての人だった。遠くを眺めるとどこまでも果てしなく雲海が広がっていた。

一体自分はいつからこの山に登りたかったのだろう。5年も6年も前からだ。そして、アフリカで山に登ったときは、いつもキリマンジャロの事を考えていた。
北アフリカ最高峰のモロッコのジャベル・トゥブカル、西アフリカ最高峰マウント・カメルーン、エチオピアのシミエン、そしてアフリカ第二峰はケニア山。どの山もこの山を登る為の前哨戦、高度順化の意識があった。

この時、初めて自分がキリマンジャロに登ったのだという実感が湧いてきた。たいして難しい山ではない、お金さえ払えば素人にでも登れてしまう山である。
でもやはり、自分にとってはキリマンジャロは特別だったのだ。
「キリマンジャロが終わったんだ・・・」
達成感と脱力感が絡まったのか、アフリカに来て初めて涙を流した。

2003年2月23日。ナイロビから国境を越えてタンザニアに入国、「キリ」登山のベースタウンであるモシへと向かう。翌日からツアーアレンジのためツアー会社を巡るが、あまりの値段の高さに閉口ものである。キリマンジャロはどの山とも違い、ツアー会社を通しての申し込みが厳守となっており、ガイドの雇用が義務となっている。つまり個人での登山は不可能なのだ。

しかも、外貨不足のタンザニア政府が「ドル箱」と重視するこの観光資源には当然ながら「外国人料金」が設定されている。それがべらぼうに高い。
入場料は一日30$(以前は25ドルだったが最近さらに値上げした。)
山小屋は一泊50$、キャンプをしても40$。
レスキュー代が20$
と、標準的な5日間の登山で政府に払うお金が370$。
これは世界的に見ても、最も高い5000m峰だと思う。
そしてこれにさらにガイド(ガイド無しの登山は禁止)、ポーター、食料、そして会社の取り分が入るので、大抵のツアーは500$くらいからスタートする。

どうにかして安くあげる方法はないのか?果たして抜け道はあるのか。
安く上げるには速登することだった。5日のルートを4日で行くことにした。これだけで、70ドルも違ってくる。そして、抜け道もあった。すなわちツアー会社を通さないことだ。
まず、登山ゲートまで出向いてガイドを見つける。そのガイドとすべての交渉をする。しかしここで、一つの問題が・・・キリマンジャロの公園事務局に提出するのはツアー会社の公式書類じゃないといけない。しかし、ここにも抜け道を見つけた。この書類もツアー会社から一人10ドルで買うことができるのだ。
そうすると500ドルのツアーも、4日間でマラングルートから登り、ポーターをつけないで荷物も自分で担げば、290ドルの国立公園の入場料にガイドが一日8ドル、チップが一日10ドルとずいぶんと安くなる。

でも僕らはまだまだひねくれていた。
マラングルートはコカコーラ、最近人気のマチャメルートはノーマル、そして登る人が少ない一番急でタフなウンブエルートはウイスキールートと呼ばれていた。
コカコーラはいやなので、ウイスキーを選択、そしてウンブエルートを通常より1日少ない4日間で登ることにしたのである。
ウイスキー!ストレートで!

1日目
ウンブエのゲートへと向かう。ツアー会社を通さなかったことをちょっと後悔した一日だった。ガイドとポーターは朝から酔っ払って到着。それもおそらく前日に払った前金を使い果たして...
しかも、ポーターの一人は20歳の女の子。(ここモシにはポーターは約3,000人いて、そのうち女性は10人)
酔っ払いの二人はゲートでレンジャーに捕まり酒臭すぎてお仕置き。仕方ないのでその女の子「ステラ」と一緒に登る。なんか変な図式だった。僕は小さいリュックのみなのに、その横で僕の荷物を担いだ20歳の女の子がハーハー喘いでいる。う~ん。

今日は1,400m登って森の中でキャンプ。当初の予定ではさらに400mほど上がるはずだったが、メインガイドともうひとりのポーターが来ないので行けず。その原因をつくった二人はキャンプ地に一時間以上遅れて到着。そのくせ、「グッドサービスグッドチップ」と言う。今日はガイドすらしていないのに・・・

2日目
朝から直登となる。しばらくするとキリマンジャロが姿を現す。ジャイアントロベリアや、グラウンドセル、ケニア山で見かけたお馴染みの植物の脇を通り抜ける。今日はすばらしく体が軽い。Baranco Hutではかなりの団体がテントを張って高度順化中。通常は2日目はここまで、しかし僕らはさらに高度を上げて4,800mのアローグレーシャーまで直登。標高を一気に2,000mもあげる。ここまでは高度順化のため4日かける人だっているのだ、まったく馬鹿なことしてるなあ・・・でも疲れは全くない。
4,800mまで来るとさすがにかなり寒い。東には巨大なアロー氷河が見え、西には尖ったラバタワー、そして正面には雪を抱いたキリマンジャロの大きな体が見える。氷河のふもとまで水を汲みに行った。天上の最高のキャンプサイトである。

3日目
さらっと登頂の日がやってきた。
頂上でご来光を見るため、12時半に出発。眠いよ・・・
やはり無茶なプランであった。この日はほとんど眠れていない。
昨日の朝7時に出発してから、24時間で標高を3,000mも上げようとしているのだ。それも0mから3,000mではなく3,000mから6,000mに。

それでも体は嘘のように軽かった。馬鹿みたいに冗談を言いながら笑って登った。もう先は見えていた。「なーんだキリマン余裕だったなあ」とさえ思った。

午前2時30分。
しゃべる元気もなくなっていた。
寒い・・
着れるものは全て着てしまった。
気温は-10℃まで落ちていた。ザックの中の水も凍って飲めない。スニッカーズも固くて食べれない。所々に見られる凍った斜面を注意しながら進む。ここはキリマンジャロのノンテクニカルなルートではもっとも急で危ない場所。足を踏み外したら下まで一直線だ。
冷たい風が容赦なく吹き付け、酸欠なのか頭がフラフラする。
なんだなんだ、キリマンジャロ、なかなかつらいじゃないか・・・

午前6時ちょうど。アフリカの最高峰に立つ。
Highest point in Africa という標識にタッチして、「 やったー!」と感極まりながら叫んだ。

実はこの登頂5分前に、ガイドを解雇した。
安く済ませたツケがまわって来た。彼は今まで何度も自分のプランを変えに変え、この日に限ってはルートを知らないのか、他のパーティーについていく始末。深夜の出発なのに懐中電灯さえも持っていなかった。そしてそのペースがあまりにも速く、もう少しのんびり行こうと何度も確認したのに、山頂に日の出40分前に着きそうになった。「どこか風のないところで少し休んでから山頂に行こう」と提案すると、
「やはり山頂で日の出を見るのは止めて下山しよう」と言い出したのである。僕はまったくもってご来光派ではないのだが、だったら何であんな暗い中、寒くてつらい思いをして登ってきたのだ、と思い、反対した。

「そんなのはいやだ、ほかのパーティーについていくことはないじゃないか。僕らのしたいようにしよう、これは僕らのパーティーで、君は僕らのガイドじゃないか。僕らの行きたいように行かせてほしい」とお願いした。

すると「俺は山を知っているんだ、俺に付いてこないなら、金を返してやるから、さよならだ」と逆切れをしたのだった。

・・・さすがにこのガイドのわがままっぷりに、きれた。
「うん、わかった、じゃあバイバイ。後はコンパスと地図で下るから、もういらないよ。はい」と言ってお別れをした。

夢にまで見たアフリカ最高峰。何のバチが当たったのか、登頂まで数十メーター前でこの出来事である。全ては台無しになってしまったかに思えた。

しかし、僕だってただアフリカを長いこと旅してきたわけじゃあない。

ここまでで、アフリカ人から学んだ術を使うことにした。

「いやなことは1分でリセット、ああもう楽しい!」術。すぐに心を入れ替え楽しい気分で山頂に向かったのだった。
山頂で朝日を眺めた、眼下には巨大な氷河が見える、でもここがそんなにも高い場所だとはイマイチ実感がわかなかった。それでも、自分は自分の足で夢の場所に立っている。

その後、山頂から3,000m高度を下げて、ムウェカのキャンプサイトに着きテントを張ると、のびたくん並みのスピードで眠りに落ちた。ながいながい一日が終わった。

4日目
今日はたった2時間半ほど下山するだけ。
下山口にはさすがにたくさんのお出迎え。お土産やから出張こじきまでいる始末。
ムウェカの町からモシのホテルへと戻ってどきどきしながらの給料の支払い。当然ガイドはいない。チップは一日の給料と同じ一日一人5ドル。酔っ払いのピーターと女の子ステラ、ポーターの2人はガイドと違ってとてもいい人だった。ピーターはただでビールが飲めるとわかると早速2本のビールを注文し、酔っ払いながら「おお、ミスター、もっとチップくれよう」とねだった。結構かわいいので、そのままほっておいた。

キリマンジャロはやはりキリマンジャロだった。雄大で圧巻で厳しくて・・ケニア山に負けず劣らずいい山だった。

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