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(忍殺二次創作)【グッド・ガール・アンド・グッド・ボーイ】

 窓を打つ重金属酸性雨の雨粒に目をやりながら、ミナモはため息をついた。彼女の決して広くないワンルーム・アパートには、オレンジ色の髪をした娘が、人形めいた様子でじっと座っている。最新のユーレイゴス・ファッションに身を包んだ、美しい娘だ。 

 少し離れたところには、彼女を連れてきた隣人のコハナが膝を抱えて座り、居心地悪そうに、娘とミナモを交互に見交わす。久々にゆっくりできると思っていたのに。合いの手のように、雨が窓を叩く。ため息がまた一つ、ミナモの口から溢れた。 

【グッド・ガール・アンド・グッド・ボーイ】

「ネェ、アナタ何であんな所に?」最初に口を開いたのは、コハナだ。蛍光ネオンのつけまつげをしばたたかせながら、コトブキを真正面から見据えた。「もしかして、家出?それとも、カケオチ?」コハナの目には好奇心がありありと浮かんでいる。 

 娘は少し困ったように微笑んだ。どう答えたらいいのか分からないのだろう。ミナモは苦笑した。昔からコハナは変わらない。いくつになっても猫めいて好奇心旺盛だ。「コハナ、落ち着いて。アイサツもまだだよ」「アッ、忘れてた」コハナはそう言って、舌を出した。カワイイな仕草も変わらない。

「エート、コハナです。こっちはミナモ=サン。アナタは?」「わたし、コトブキといいます」コトブキはにっこりと笑った。その仕草に品の良さが漂う。カチグミ?無軌道大学生?いずれにしろ、寂れたアパートメントの前で立ち尽くすような人間には見えない。心配したコハナが連れて来なければ、襲われていたかもしれない。

「で、何でこんなところに? 迷子? この辺り、クラブ多いから?」引き続き好奇心に満ちた目でコハナは問う。彼女も気になっているのだろう。コトブキの纏う、ありふれたユーレイゴスとは異なるアトモスフィアを嗅ぎ取ったのかもしれない。女の勘だ。ミナモもコハナも、そういう稼業だ。

 二人がトリヨシミツ・ストリートに根を下ろしてもう3年になる。少女の頃からネオサイタマの歓楽街を転々としてきた二人にとって、初めて落ち着ける場所となった。ダンサーとして働くBAR「ユキカケラ」は居心地のいい店だ。ヨタモノや無軌道若者は見向きもしないが、それ故奥ゆかしいアトモスフィアに満ちている。

 待遇も良い。決して裕福とは言えないが、何とか楽しく暮らしている。では、目の前に座るこの娘は?カチグミ、マケグミ、ヤンク、ヤクザ……ミナモはストリートを行き交う様々な人々を見てきたが、コトブキはそのどこにも属しそうになかった。悪いものは感じない。だが、浮世離れしている。

「迷子ではありません。人を待っているんです」「エッ!?ロマンス!」コハナの嬌声で、ミナモは現実に引き戻された。彼女は夢見がちなところがあり、少女向けカワイイ・ノベルの愛読者なのだ。「ねぇ、どんな人? 何で待たされてるの?」「彼は……そうですね、冒険の仲間です!カラテが強いんです」

「カラテ!冒険!?恋人じゃないの?」コハナはガッカリした表情で叫んだ。彼女の好奇心を満たす話題ではなかったらしい。「違いますよ。彼はあまりそういうことに頓着しません」そう言うと、コトブキは悲しげな顔を見せた。「どうしたの?」「……わたし、足手まといだったのかも」

 コトブキは憂い顔で続ける。「役に立とうと思ってついて来ました。けれど……置いていかれました。わたしのカラテが不足していたのかもしれません」「アナタもカラテ強いの?」「修行していますので、戦えます」物騒な話だ。ストリートのゴタゴタとは無縁だと思っていたが、思わぬトラブルの種になりかねない。

 しかし、この娘がカラテを?ミナモよりも華奢な体躯で、それができるとは考えづらい。もしや、コトブキは自我障害患者で、空想にトリップしているのでは?どちらにしろ、トラブルには変わりない。しょげ返る様子は演技しているように見えなかったが、最近はカワイイ重点なドラッグの噂も聞く。

 コハナにちらりと目をやるが、彼女はコトブキに夢中だ。このところ退屈していたせいかもしれない。ふと、コトブキのガラスめいた瞳と目が合った。「あの、親切にしていただいて、ありがとうございます。もう少ししたら、出て行きますから」彼女は申し訳なさそうに、小さく頭を下げた。

 真摯な様子に、ミナモの良心がチクリと痛んだ。「帰れるの?」「ハイ。きっと、もう少ししたら迎えが来ます。待っていろと言われたので」「噂の彼ね!優しいじゃない」コハナはうっとりと笑った。「大事にされているのね、アナタ」「そうでしょうか?」「そうよ。大事にされてる」ミナモは思わず口を挟んだ。

「ミナモ=サンもそう思うのですか?」コトブキは大きな瞳を更に丸くした。「だって、また迎えに来てくれるんでしょ?置いていったのも、アナタを危ない目に遭わせないためかも」それはミナモの本心だった。カラテの腕前は分からないが、世間知らずなのだろう。それに純粋だ。危険から遠ざけたくなる気持ちも分かる。

「冒険の中でロマンス!カワイイ!」コハナは感極まった様子で飛び上がると、バタバタと部屋を出て、ケモ・コーラを数本手にして戻ってきた。「ノンアルコールだけど……コトブキ=サンの話聞かせて!」「わたしの話を?どうしましょう!上手に喋れません」「ゆっくりでいいのよ。迎えはまだなんでしょう?」ミナモは微笑み、コハナも頷いた。

「今日の冒険も聞かせて!アッ、でもシークレットなの?」「秘匿義務はそれなりにありますが、問題ありません」コトブキは照れた様子で言った。「わたし、自分のことを話すのは、経験があまりありませんが……努力します」「その調子」女たちは笑いあった。未だ雨の音は強い。

 ニンジャスレイヤーは、重金属酸性雨烟るトリヨシミツ・ストリートの裏路地を駆けていた。気取られぬよう、獣のように注意深く。追う対象は、ニンジャだ。最早街に紛れる必要も無い。己のニンジャ野伏力を頼りに、標的を追うだけだった。幸いにも、まだ相手に気取られてはいない。

 対象のニンジャが、路地を曲がり廃墟と化したビルに入った。頃合いか。ニンジャスレイヤーはタキに通信をリクエストする。予想通り、即座に返答がある。『やッと繋がった!遅えよ!』「想定外の事態だ。奴が見つかった」『あン?クラブじゃねぇのか?待て待て、座標を……』「このまま仕留める。あの建物の構造を」

『オイ!コトブキはどうした』「置いてきた」『ファック!モノじゃねえんだ、どっか行っちまうぞ!』「後で回収する。問題ない」そこで通信は途切れた。タキから再度接続を試みたが、繋がらない。いつものことだ。タキは苛立ちを露わにしながら、ケモビールを勢いよくあおった。「……ファック」

 毒づきながら、先日のやり取りを思い出す。今回のターゲットは、シャイロックというニンジャだ。どこの組織にも属さず、ケミカル・ドラッグをヨタモノたちに細々と流している。ケチなビズだが、それ故に狡猾だった。タキの情報網に引っかかったのも偶然だったし、探ってもニンジャである、という以上の情報は出てこなかった。

 根城がトリヨシミツ・ストリートのクラブ「鉄砲玉」というところまでは何とか掴んだ。しかし情報がないということは、思わぬ脅威である可能性もある。うっかりタイガーの尾を踏みかねない。だが、ニンジャスレイヤーにとっては些細な事だった。サツガイに連なる可能性があるならば、情報を引き出し、殺すだけだ。

 しかし、思わぬ障害が立ちはだかった。「鉄砲玉」はドレスコードの厳しいクラブなのだ。ユーレイゴス・スタイルではない者は、たちまち屈強なヤクザ・バウンサーにつまみ出されてしまうだろう。そもそも、シャイロックはクラブを出ることは滅多にない。用心深くビズをする。ならば、こちらから出向くしか道はない。

 タキはマスラダとあの奇妙な黒ずくめのスタイルを想像して噴き出しそうになったが、不機嫌そうな眉間の皺が更に深くなるのを視界の端にとらえたので、黙ることにした。一方、コトブキは乗り気だった。同行が許可される前に、どこからか最新のユーレイゴス・キモノを調達しているという始末だ。

 結果的に、マスラダはタキの説得とコトブキの見立てで、ソシキ・スタイルめいたクラシカルな装いをするということで決着がついた。ウカツに追えば、潜ってしまうかもしれない相手だ。出来るだけ目立たず行動することが、今回の作戦の軸だった。IRCの痕跡も注意深く消している。ケチだが、厄介な相手だ。

 苦労に見合う相手なのか?それはわからない。しかし、情報が不足している以上、これしかない。それを求めたのは、ニンジャスレイヤーだ。何か言いたげではあったが、無言で従った。それでも歓楽街を闊歩するユーレイゴスたちと比べると格段に地味だったが、やはり気に入らないようで、マスラダはみるみる不機嫌になった。

 元々、こうしたスタイルに縁がなかったのかもしれない。かつても真面目な男だったのだろうか。そこまで考えが及びそうになり、タキは慌てて頭を振った。詮索は無用。そういうルールで生きてきた。ニンジャ探しに付き合わされるのには慣れたが、あくまで貸し借り。そう己に言い聞かせた。

 タキはニューロンにこびりついた記憶を振り払い、ケモ・ビールを飲み干す。そして、半ば怒りに任せ、ワイヤーフレーム図と平面グラフィックを送信した。当然、返答はない。勝手な奴だ。「クソッタレめ」答える者はいない。タキはそれを虚しく感じ、そう思った己に対して嫌悪感を抱いた。

 気を取り直し、タキはコトブキに向けてIRC通信を送信した。ピボッ。暫く間を置いて、返信。文字列を目で追う。特にトラブルを起こしてはいないらしい。こちらはこちらで呑気なものだ。後でニンジャスレイヤーとの合流地点を通知する旨をタイプし、チャットを終了した。

 ケモ・ビールに手を伸ばすが、空だ。舌打ちして、瓶を投げ捨てる。タキはぼんやりとした頭で、UNIXモニタを見つめた。ワイヤーフレーム図。トリヨシミツ・ストリート。裏路地のビル。ドージョーがあったらしい。しかし今は廃墟だ。今頃奴はニンジャと交戦中だろうか?タキには分からない。通信がないからだ。

 情報を持っているかも分からない。どんなニンジャかも分からない。それでもなおイクサを仕掛けに行くなど、狂人のすることだ。奴は何を考えているのか。タキには分からない。聞く必要もない。所詮は貸し借りの範疇だ。どれだけやり取りを繰り返したとしても、あくまで貸し借りだ。

 ニンジャスレイヤーから通信がない限り、タキに出来ることはあまりない。コトブキの方は、しばらく放っておいても良い。自慢のカンフーで何とかするだろう。狂ったニンジャ野郎に、アホなウキヨ。そして、巻き込まれる間抜けなハッカー。「……ファック」タキの無気力な呟きは、UNIXの作動音に薄れて消えた。

「イヤーッ!」「アバーッ!」ニンジャスレイヤーの鋭いチョップは、シャイロックの首を的確に捉え、へし折った。その勢いのまま、シャイロックは薄汚いコンクリート壁に叩きつけられる。「サヨナラ!」シャイロックは爆発四散した。生じた灰は、舞い上がることなく重金属酸性雨に掻き消された。

 他愛もない相手だった。ビズが示すように、サンシタだ。もちろん、サツガイに連なる情報も得られていない。この近辺に潜伏しているニンジャの名を数人聞き出したのみで終わった。タキに探らせたところで、大した収穫はないだろう。

 このような徒労を幾度繰り返せばいいのだろう。焦燥と憎悪が文字通りその身を燃やす。肩先に落ちる雨は即座に水蒸気となり、ジゴクのような風景を形作った。ニンジャスレイヤーのニューロンに、幾筋ものノイズが走る。サツガイ。なぜアユミが。なぜ自分が生き残った。何故、何故、何故。

「……何故だ!」怒りに任せて叩きつけた拳は、コンクリート床に放射状のヒビを生んだ。数回、拳を打ち付けたところで、マスラダは現実に引き戻された。息を大きく吐き出す。「クソッ……!」こんな所で立ち止まっている暇などない。新たなニンジャを探すのだ。彼は隣の廃ビルへと、大きく跳躍した。

「エート……そう、それでわたし戦ったんです」「その、襲ったヤツ?」「そう!ソイツです」「スゴーイ!」いつの間にか、ミナモとコハナはコトブキの話す辿々しい冒険譚に夢中になっていた。肝心なところは巧みに隠蔽したストーリーだったが、彼女らの好奇心を満たすには十分だった。

 ピボッ。コトブキはタキからのIRC通信に、急いで目を通す。ニンジャスレイヤーとの合流地点の座標データだ。イクサは終わったらしい。思わず、安堵の息が漏れる。「コトブキ=サン?」その様子を、コハナが心配そうにうかがう。幸福な時間は、もう終わりだ。

「コハナ=サン、ミナモ=サン。本当にお世話になりました」コトブキは二人に向き直り、深く頭を下げた。「迎えの彼?」「はい。もう行かないと」「名残惜しいわ」ミナモは悪戯っぽく微笑んだ。「本当に」コハナも笑う。

 ミナモは、コトブキを送ると言って、アパートメントの外まで出てきた。雨はいつの間にか止み、重苦しい雲も随分薄くなっている。先程までのお喋りが嘘のように、二人は静かに黙っていた。ミナモはコトブキの整った横顔に目をやる。オレンジ色の髪が、さらさらと風に靡く。

 やがて、コトブキが顔を輝かせた。視線を移すと、こちらへ近づいてくる男の姿。対汚染パーカーのフードを目深に被っており、人相は分からない。が、ちらりと見える顎のラインが、彼の年若さを物語る。足元は漆黒のスラックスとシックな革靴。ちぐはぐな装いだが、この街には相応しい。

 彼はミナモたちから少し離れたところで足を止めた。この距離からでも、男が纏う鋭いアトモスフィアが感じられる。ミナモは様々な人間を見てきた。この男は、真っ当な人間ではないのかもしれないと思う。しかし、コトブキをイクサから遠ざけ、また迎えに来る律儀さは持ち合わせていると分かる。

「あれがあなたのイイ人?」「ハイ!彼は良い人です!善人ですよ」コトブキはにっこり笑った。ミナモの意図は、男にだけ伝わったらしい。彼は心外だ、とでも言うように、口角を下げている。きっとフードの下では、眉間に皺が寄っているのだろう。その仕草が、不似合いなほど若々しくて、ミナモは不思議な気持ちになる。

 一歩、二歩。コトブキは前へ踏み出し、思い出したようにミナモに向き直り、再び頭を下げた。「とても楽しかったです。ケモコーラ、ごちそうさまでした」天真爛漫な笑顔でコトブキは言った。男は喜びもせず、咎めもせず、ただ離れたところでそれを見ている。

「私も楽しかった」ミナモも笑う。もちろん本心だった。マッポーの世ではこのような幸運が何度訪れるか分からない。ただ、コトブキのような娘が笑っていられる。それだけで意味はある。「コトブキ=サン、オタッシャデ」ミナモは努めて明るい口調で言った。悲しい別れではないからだ。

「ミナモ=サンもお元気で!」コトブキは明るく笑い、それを見届けたように男が歩き出す。その後をコトブキがついていくが、歩調を合わせる気はないようで、付かず離れずの距離のまま、二人は歩いていく。やがて、時折こちらを振り返っていたコトブキの姿が、雨の余韻煙る街へと溶け込んでいく。

 二人の影がすっかり見えなくなるまで、ミナモはじっと佇んでいた。そして、奇妙なストレンジャーへ、少しの間思いを馳せ、やがて、いつもの日常が待つ、アパートメントへと戻って行った。

【グッド・ガール・アンド・グッド・ボーイ】終わり

◆忍◆
ニンジャ名鑑 #***
【シャイロック】
トリヨシミツ・ストリートにあるユーレイゴス・クラブ「鉄砲玉」を根城にするニンジャ。ヨタモノや無軌道大学生相手に、違法ケミカル・ドラッグを小規模に販売している。恐るべき対ニンジャ飛び道具であるカラテ・チャフ・ジツを使うが、ジツもカラテも未熟。ビズの最中にニンジャスレイヤーに遭遇し殺害された。
◆殺◆

というわけで、人生初の忍殺二次創作です。

結論から言うと忍殺文体めちゃくちゃ難しい。改めてその偉大さを思い知りました。そもそもバトルが書けない人間がニンジャ創作してはいけない。

しかし心の中の逆噴射先生がメキシコに吹きすさぶ風の中からGOサインを出している光景を幻視したので、何とか形にしました。当然のように設定の齟齬とか色々あるとは思いますがその辺は各自状況判断してください。いいね?

(なおこの短編はニンジャスレイヤー222に出そうとしてお蔵入り寸前になったものである!復活ヨカッタネ!)

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