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マカオのホテル1123号室に現れた幽霊の話

あんな奇妙なホテルに泊まったことは後にも先にもなかったし、あの不思議な一夜の出来事は今もはっきり記憶に残っている。

僕は12月のマカオにいて、その日に泊まる宿を探していた。その頃はまだスマホも手元になく、行き当たりばったりで宿探しをする、という旅をよくしていたのだ。

中心街であるセナド広場の近くで、1軒のホテルを見つけた。

いや、最初に見たとき、その薄汚れた建物がホテルだとは気づかなかった。11階建てのそのビルは、水色の壁があちこち剥がれ落ち、まるで病院の廃墟のようだった。ビルの屋上の看板を見て、そこがホテルであることに気づいたのだ。

当時の僕は、まだ若かったのだろう。立地が抜群に良かったこともあり、1泊だけだしこのホテルでいいかもしれない、と思った。

1階の玄関を入ると、目の前に古ぼけたフロントがあって、中年の女性が座っていた。聞くと、1泊の料金は当時のレートで2700円ほどだった。立地の良さを考えれば、ものすごく安い。

泊まることに決め、宿泊料金を払うと、すぐにルームキーをくれた。

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部屋は最上階の1123号室だった。エレベーターに乗って「11」のボタンを押すと、ドアが閉まる寸前で1人のインド人男性が乗ってきた。

彼が途中の階で降りると、入れ替わるように2人のインド人男性が乗り込んでくる。どうやらこのホテルには、多くのインド人が泊まっているらしい。

11階で降りると、薄暗い廊下の左右にいくつものドアが並んでいる。1123号室はその廊下の1番奥にある部屋だった。

ふと、不思議だな、と思った。いくらインド人が泊まっているにしても11階まで満室とは思えないし、この11階もしんと静まり返っている。どうしてこんな最上階の1番奥の部屋をあてがわれたのだろう……。

その1123号室のドアを開けた瞬間、思わず部屋に入るのをためらってしまった。まるで何年も開けていない押入れを開けたときのような、湿っぽい空気が部屋全体に立ち込めていたからだ。

安ホテルとは思えないほど、部屋は広かった。ダブルのベッドに、机と椅子。その横にテレビが置かれていて、さらに大きな椅子が2台も置かれている。

奇妙なのは、部屋の暗さだ。まだ昼間なのに、電気を点けないといけないくらいに暗い。窓のカーテンを開けると、なぜか外側から板が打ち付けられていて、日光がほとんど入らない造りになっていた。

バスルームに至っては、電気すら点かなかった。浴槽と便器が並んでいて、ずっと掃除していないのではないかと思うほどに汚れていた。

こんなところに泊まるのかとうんざりしたけれど、宿泊料金を払ってしまった以上は仕方ない。諦めてベッドに腰を下ろすと、今度はそのシーツに血の跡が点々と付いているのに気づいた。

沈黙に耐えきれずにテレビを点けると、ノイズがひどくてはっきりと映らない。見ている方が気味悪くて、すぐにテレビを消した。

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本当は部屋でしばらく休みたかったけれど、こんな部屋にいたら余計に疲れそうだった。そこですぐにマカオの散策へ出かけることにした。

ずっと見たかった聖ポール天主堂を見学したり、バスに乗ってコロアネ村へ遊びに行ったりしているうちに、冬のマカオに夜が訪れた。

ホテルへ戻ると、11階の廊下の突き当たりから、聖ポール天主堂へと続くマカオの夜景を見渡せた。なんだか奇妙なホテルだけど、この夜景を見られただけでも良しと思うべきかもしれない、と気を取り直した。

けれど、1123号室の部屋に入ると、どんよりと淀んだその空気にまた耐えられなくなった。なぜかわからないが、嫌な空気が流れているのだ。

僕はまた外へ出て、有名なリスボアのカジノへ遊びに行くことにした。

サイコロを使った大小というゲームにハマったこともあり、ふと気づくと深夜3時近くになっていた。結局負けてしまったけれど、そろそろホテルへ帰ろう、と思った。

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ホテルの玄関を抜けて、エレベーターに乗り込み、11階で降りた。

誰もいない廊下を歩き、ルームキーを回して1123号室のドアを開けた。

部屋に入って、置いておいたバックパックを何気なく見た瞬間、思わずぞっとした。

僕はその頃、ホテルの部屋にバックパックを置いていくとき、そこに付けられた紐をきゅっと結んでおく、という習慣があった。深い意味はなかったけれど、万が一泥棒に漁られたときにすぐに気づけるように、という思いがあったのだろう。

その結んでいたはずのバックパックの紐が、ぱらっと解けていたのだ。

それに気づいた瞬間、部屋の中に何かの気配を感じた。誰かがいる、と直感的に思った。

僕は思わず、部屋の中を見回した。

……誰もいない。

真っ暗なバスルームの中も覗いた。

……やはり誰もいない。

クローゼットの中も開けてみた。

……もちろん誰もいない。

ただの気のせいなのだろうか。だとしたら、このバックパックの紐は……。

恐る恐るバックパックの中を調べてみたが、消えているものはなかったし、誰かが中を漁った形跡もなかった。

やはり気のせいなのかもしれない。それでも部屋の中に、得体の知れない誰かがいる気配は漂っていた。

僕はすべてをシャットダウンするような気持ちで、シャワーを浴びることもなく、服を着替えることもせず、そのままベッドに潜り込んだ。そしてシーツを頭まで被って、きつく目を閉じた。

目をもう一度開けたら、何かを見てしまいそうな気がした。早く朝よ訪れてくれと祈りながら、目をつむり続けた。

やがて朝が訪れた。寝られたのかもよくわからなかったが、窓の向こうに光を感じて、朝の訪れを知ったのだ。

不思議なことに、何かの気配はすっかり消えていた。

ホッとしたけれど、いつまでもこの部屋にいるのはもう耐えられなかった。まだ朝早かったが、僕はその1123号室を出て、ホテルをあとにした。

それから7年近くが経った秋の日、僕は再びマカオを訪れた。

セナド広場を歩いているとき、あの奇妙なホテルのことをふと思い出した。

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あのホテルは、今どうなっているのだろう……。もちろん泊まるつもりはなかったけれど、なんとなく気になって、見に行ってみることにした。

露店の並ぶ路地を抜けると、あの水色のビルが見えてきた。外壁の補修を行ったらしく、剥がれ落ちていた壁がすべて綺麗になっている。

でも、何かがおかしい。玄関へ回ると、そこには厚い板が打ち付けられて、入口は閉じられていた。

どうやらホテルは閉業してしまったようだった。

そしてつい最近になって、このホテルにまつわる恐ろしい話を、僕は知ることになる。それはこんな話だ。

マカオの中心街に建つこのホテルは、戦前に営業を開始した古いホテルだった。当時はカジノもあり、マカオの社交場として賑わっていたという。

やがて戦争が始まると、大陸から多くの人々がマカオへと押し寄せてきた。狭い土地に人々が溢れかえり、マカオは深刻な飢餓に襲われる。

そんな時代でも、このホテルには富裕な人々が毎晩集まり、豪華なパーティーが開催されていた。

実はそこでは、古くから中国で習慣的に行われていた、食人行為があったのだという。

ホテルの地下の部屋に集められたのは、貧しい子供たちばかりだった。お金に困った親は子供を売り、富裕な人々はそれを頂くということが行われていたのだ。

戦争が終わり、やがてホテルも寂れていくが、今度は不思議な噂が出回るようになる。

夜のホテルで子供たちの姿を見た……、子供がじっとこちらを見ながら立っていた……、それはいずれも「子供の幽霊を見た」という体験談だった。

あの夜、バックパックの紐を解いたのも、そして僕が感じた誰かの気配も、子供の幽霊だったのかもしれないと思う。

日本から旅人が来たことに好奇心が抑えられず、真っ暗な地下から最上階の1123号室へと、思わず遊びに来てしまったのかもしれない、と。

あのホテルは、今も閉業したままのようである。でもどうやら、ビルはそのまま残っているらしい。

とすれば、あのビルの中では、子供たちの幽霊が今も彷徨っているということになる。

あるいは子供たちは、また僕のような旅人が訪れて、ちょっとした悪戯を仕掛けることを楽しみにしているのかもしれない。あのマカオの旅から10年以上が経った今、そんなことを思う。

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