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牛乳で世界平和を!~都市酪農家石田さんのシゴト~

私たちが毎日口にする食材。春夏秋冬、年単位という自然のサイクルの中で、風土と向き合い食材をつくる生産者の仕事とはどのようなものだろう? 仕事で大切にしていきたいのは、やりがい?時間?安定? 生産者さんが、命を育みそれを私たちの口に届けるまでの過程には、仕事の豊かさにつながるヒントがたくさん詰まっていた。 

書き手:河村青依(TABETAI編集部/早稲田大学)

神奈川県伊勢原市。都心から1時間ほどの距離にも関わらず、この場所はのどかな風景が広がっている。ここに石田牧場はある。田舎道をピクニック気分で歩いていると、優しいミルクの匂いがしてきた。今回取材した、石田陽一(いしだ・よういち)さんはまさにこのミルクのようなやさしさの持ち主。経営者として、酪農家として、本当に尊敬すべきところが多い方だ。

ニュージーランド留学で
神奈川酪農の未来に
危機感を覚えた

 

石田さんは大学三年生の春休みにニュージーランドにファームステイし、そこで見た牧場が実家とは比べ物にならないくらい大きかったこと、そしてかなりビジネスライクな経営をしていたことに驚愕を受けたと真剣な表情でいう。

「ニュージーランドの牧場って700ha(ディズニーリゾート7個分)に対し日本の牧場は北海道など広くても100haほど。自分の実家が4haを家族四人で回して50頭飼っている。自分のステイ先が2,600頭飼っていると考えたとき、もし日本に、二ュージーランド型の酪農が伝わったら……と、危機感を覚えました。そのことが自分の中で絶望的だった」

北海道にも、ニュージーランドにもない
神奈川酪農の強み

「日本でも広い土地を使えるような北海道ではなくて、なぜ神奈川で酪農をするのか。親の牧場を継ぐ、だけでなく、どうしてなのか。別の理由が必要だと思った。意義って何だろう。そして気が付いた、北海道にもニュージーランドにもない、神奈川にだけある強みーーそれは人口だった。石田牧場は東京23区に近い。だから周りに2,000万もの人口がある。こんなにたくさんの人の手に、自分の牛乳が届くのだ、そう思ったとき、北海道の酪農家が1年で会う人よりたくさんの人に会う、これが神奈川で自分が酪農をする意義なのだと感じました」                      

石田牧場は、神奈川県酪農の第一号として農場HACCP認証を取得した。HACCPというのは、食品の生産過程で起こりうるリスクを未然に防ぐ管理手法のことをいう。消費者に安全な食べ物を届けたい。人の存在を意識した、酪農だからこその取り組みだ。人とのつながりを意識するということが、石田牧場のその他の取り組みに繋がってくる。

食べる命を間近で見る経験が
酪農家という職業を
人生の選択肢に加えてくれるかもしれない

年間1,000人を集めて「楽農体験」をしている石田牧場。私も一度、お邪魔させていただいたことがある。キラキラした目で子供たちが牛を触るのに混じって私もキャッキャと、これがあの美味しい牛タンかぁー(笑)と考えながら牛の舌を触ってしまった。実はこの楽農体験、石田さんの神奈川で酪農をする意義に深く結びついた取り組みなのだ。

「牛は温もりがあるという点で、他の農産物にない特徴だと思います。さらに、ミルクの味やにおいなど五感に働きかけることができ、命の重みを感じることができる。小さい頃に、牛に触れる原体験をしておくことが酪農や、農業に興味を持つきっかけになるかもしれない。そういう気持ちで酪農体験を行っています」

牧場で牛に触れるという体験は、動物園で動物に触れるという体験とは違った意味を持つ。牧場で牛に触れるということは命を思いやるとともに、自分はこの命をもらって生きていると実感することではないだろうか。

石田牧場だけで完結しない
笑顔の輪が伊勢原で広がる
ジェラート作り

石田牧場のすぐ隣に、「めぐり」というジェラート屋さんがある。石田さんが20代の時に作った、色々な願いが詰まったジェラート屋さんなのだ。

ジェラート1つ1つの名前に石田さんの伊勢原農家仲間の名前がついていることが特徴的。例えば「京子さんのホワイトチョコフラワー」や「高梨くんの緑茶」など。伊勢原にいる農家さんの顔が思い浮かぶジェラートなのだ。

「春には〇〇さんところのあの作物を使いたいなーなど、ついつい仲間の顔が浮かんでワクワクしてしまいますね」

そう語る石田さんのジェラートはひんやりとろける優しい味。

「ジェラートは、他のチーズやヨーグルトなどの加工品とは異なり、他の農産物との組み合わせでできるもの。だから、石田牧場だけで完結して作ることができない。ここに魅力があると思います。加工品を売り出すなら、仲間の農産物も使って伊勢原を盛り上げていきたいという気持ちがあって。正規の値段でB級品を農家さんから買うなど、食品ロスにも貢献しています。せっかく育てた農産物が捨てられて誰かの口に入らないのは、農家さんにとって1番辛いことだと思う。できるだけ美味しく消費者に届けたい、この農家さんの気持ちを実現したかったんです。生産者と消費者が笑顔でつながることを大切にしたくて”めぐり”という名前にしました」

お客さんは、めぐりのジェラートを食べるとき、生産者の顔を思い浮かべて食べる。そして生産者は出荷できなかった作物がジェラートに美味しく生まれ変わることを思い浮かべる。まさに、笑顔で生産者と消費者が繋がる瞬間を「めぐり」は実現しているのだ。

めぐり誕生に隠された
石田さんの温かい気持ち

自分だけでなく、周りの農家さんも豊かにしたい、この気持ちを美味しさという形で実現したジェラートは、食べていて温かい気持ちになれる。店内には伊勢原の農家さんの写真とコメントやが貼ってあったり、伊勢原や厚木など周辺のガイドパンフレットが置いてあったりするなど、地元愛がひしひしと伝わってくる。

ジェラート屋さんを始めたきっかけも、心温まる石田さんの気持ちが垣間見える。

「ジェラート屋を始めたきっかけは、僕の妻が食品加工の勉強を高校時代にしていたことでした。妻と結婚するにあたって、自分の家に入ってもらうからには、妻に何か自己実現の場所、居場所を作ってあげたいなってすごく考えていて。結婚する前からデートでよくジェラート屋さん巡りをして、こういう店作りたいねーなど話していました(笑)」

なんて素敵なデートなのだろう。そして、これこそ思いやりの神髄。相手の人生の、自分以外の居場所も尊重する。人生のパートナーができたらぜひ、大切にしていきたい思いやりだ。

石田牧場「めぐり」のホームページ:https://meguri-gelato.com/

「牛に育てられてきたって
気が付いたんです」

石田さんは取材の中でこう語っていた。

「自分は牛を育てる側ではなく、牛に生かされている側なんです。大学まで行けて、今生計を立てているのも全て牛のおかげなので。牛への感謝の気持ちは仕事をする上で大切にしていきたい」

石田牧場の取り組みには、安全で豊かな食体験をして欲しいという石田さんの思いが詰まっている。めぐりのジェラートはコロナ禍にも関わらず売り上げが上昇しているそうだ。石田さんは“セルフラブ”の気持ちを大切にしていると語っていた。自分を大切にして初めて他者に感謝し、利他の気持ちになれるのだろう。利他の心の取り組みを自分の利益にも変えていることが石田さんの仕事の豊かさで、石田さんの魅力なのだ。



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