老健STとして感じる「やりがい」と「課題」

こんにちは奥住啓祐です。
言語聴覚士の活躍する場は多岐にわたり、そこで働いてみてわかることも多いと思います。

私自身もこれまで、回復期、外来、通所、訪看、歯科、小児歯科、認定調査員、自治体の監査等事業など様々な活動を通して気付いたことは大変多いです。

例えば、同じ回復期病院であっても、法人によって患者さんが抱える障害の割合や、課題などに様々な違いがあるように、今回のテーマである老健も、法人による違い、または言語聴覚士の働き方による違い(常勤・非常勤)はあると思います。

それを前提におき、様々な場で活躍されている言語聴覚士に「やりがい」と「感じている課題」を共有して頂くことが、この企画の趣旨になります。



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はじめまして。
老人保健施設(以下老健)で勤務している言語聴覚士です。
以前より老健で働くSTも増えてきましたが、まだイメージが湧きにくいところもあるかと思いますので、老健STについて少し紹介してみたいと思います。
 

☆老健で働き始めたきっかけ

新卒で回復期病院に入職して約6年間在籍していましたが、その中で感じていたことが「生活期で働くSTが少ない」ということでした。回復期病院を退院してもSTリハビリを継続希望される方は多くいましたが、STがいるデイケアや入所施設、訪問看護ステーションは少なく、不安を抱えながら退院する患者さん・ご家族の方たちを多くみてきました。もっと生活期にSTが沢山いたら…というもどかしさを感じ始め、自分も生活期リハの一員になろうと思い、今までSTを採用していなかった老健に移りました。
  

☆老健の種類

老健は平成30年度介護報酬改定によって、「超強化型老健」「在宅強化型老健」「加算型老健」「基本型老健」「その他」の5種類に分類されています。私が勤務する老健は「加算型老健」であり、改定後は在宅復帰を目標として入所される方も増えていますが、もともと年単位で長期入所されている方も多くいらっしゃいます。また、通所介護としてデイケアも運用しています。

STが担当しているリハビリの割合は、だいたい平均すると嚥下障害6割・失語2割・認知症1.5割・構音障害0.5割です。老健ではリハビリの単位の上限が入院中より少ないため、より日常生活に直結しやすい嚥下障害の割合が高くなりやすい印象です。
 

☆老健STとして感じるやりがい

実際に老健で働いていて感じるやりがいを考えてみたいと思います。

【やりがい①:経口摂取】

多くはありませんが、発症から長期経過していても入所後に意識障害・嚥下障害などが改善したことにより、ゼリーの摂取が可能になったり、3食経口摂取可能となったりするケースがあります。その時に「美味しい」と呟く利用者さんの表情は忘れられません。また、「STがいなかったら、怖くて経口摂取開始できなかった」「もう無理だと思っていたけど食べられるようになってよかった」「しっかり方法を教えてもらえて、安心して食事介助が出来る」などスタッフ・ご家族の方から言葉を頂けると、老健で働いていて良かったなと感じます。
 

【やりがい②:失語の経過を長くみられる】

失語の回復は長期に渡ることは知られていますが、実際に入所者・デイサービス利用者で失語患者の言語療法を行っていると、その改善に驚くことがあります。もちろん変化があまりみられない方もいますが、発症から14年経過していても、非常に少しずつの変化が未だにみられる方もいます。失語の臨床の奥深さを感じる瞬間です。
 

【やりがい③:生活に寄り添ったリハビリの提供】

回復期在籍時にも在宅復帰後の生活を想定してリハビリを行っていましたが、実際に生活期で勤務するようになってから、その想定が足りていなかったことに気づかされる機会が多くありました。

「入院すること」と「生活すること」の違いは大きく、生活が長くなってくると入院中には言えなかった・やれなかった・忘れていた・我慢していた・隠していた、思い・行動がみられてきます。

「おまんじゅうに目がなくて…」「朝はパンが食べたい」「夏になると必ずスイカを食べていたから差し入れで…」「誕生日にモンブランがどうしても食べたい」「お正月にはお餅が食べたい」など様々な希望が出てくる度に、評価・訓練・代替商品の検討などを行います。栄養士さん・介護士さんなどと相談しながら、嚥下機能・マンパワー・経済面などを考慮しつつ、できるだけ希望に沿ったものを提供できるようにします。やはり「美味しい」「これが食べたかった」など笑顔で話されるのをみると、機能に即した安全に食べられるものを提供できて良かったと感じます。
 

【やりがい④:STがいるから】

以前よりSTがいる老健も増えてきましたが、やはりまだ少なく「STがいるから、ここのデイケアに通う」「STがいるから、ここに入所する」と遠方から希望されることがあります。生活期のSTの需要の高さを感じつつ、やはり老健で働き始めてよかったと思う瞬間の一つです。
 

【やりがい⑤:看取り期での関わり】

私が勤務している老健では、少ないですが看取りをすることもあります。人生の最期を迎えるにあたり、「その人らしく生きる」ために、最後の楽しみ・希望として「食事」の大切さを痛感します。徐々に寝たきりになっていくと「動きたい」よりも「〇〇を食べたい」という希望が聞かれることが本当に多いです。日々変化していく嚥下機能・全身状態に合わせて、何とか食べてもらえるように嚥下調整食品を購入するのか、手作りするのか、家族に持ち込みを依頼するかなどを栄養士と相談して検討します。工夫して提供したものを食べて「美味しい」と笑顔で言われた時の表情は感慨深く、忘れられない記憶です。コロナ渦では家族の面会もできないため、動画に撮って後日お見せすると、家族を看取る際の繊細な気持ちに少しだけ寄り添えているかなと感じることもあります
 

【やりがい⑥:誤嚥性肺炎発症率の減少】

私が勤務する老健がST採用に踏み切った要因の一つが「誤嚥性肺炎の予防」であったため、STが入職する前と後で誤嚥性肺炎の発症率に変化があるのか調べていました。嚥下専門職がいなかったためDSSなどは不明ですが、STが入職する前と比較すると半数以下に減少していました。肺炎を発症すると苦痛を感じるのはもちろん、ADLが低下して老健に戻ってくることができない方もいます。利用者さんが苦しむ機会を軽減できるのも、老健にSTがいることの意義の一つだと感じます。
 
 

☆老健STとして感じる課題

次は、老健で働く中で感じる課題について考えてみたいと思います。

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国内外11人の言語聴覚士を中心に執筆。このmagazineを購読すると、言語聴覚士の専門領域(嚥下、失語、小児、聴覚、吃音など)に関する記事や、言語聴覚士の関連学会に関する記事を読むことができます。皆さんからの体験談など、様々な記事も集めて、養成校で学生に読んでもらえるような本にすることが目標の一つです。

国内外の多くの言語聴覚士で執筆しているので、言語聴覚士が関わる幅広い領域についての記事を提供することが実現しました。卒前卒後の継続した学習…

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