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「もし、10年後に好きなだけの収入が得られるとしたら、君はいくら欲しい?」

==10月22日にSBクリエイティブより発売予定の田端の新著「これからのお金の教科書」から第1章の一部を公開します==

~人生に真剣になれない人が稼げるはずがない~

「もし、10年後に好きなだけの収入が得られるとしたら、君はいくら欲しい?」

ぼくはそんな質問を新卒学生の採用面接で、学生によく投げかけました。年収300万円でも、1000万円でも、1億円でもいいのです。
この質問に「根拠を持って具体的な金額を答えられるかどうか」を見ていました。

すると、ほとんどの学生は、根拠を持って具体的な金額を答えられません。それはつまり、「この先社会人になってどんな暮らしをしたいのか?」が自分でも明確にイメージできていないということです。

たとえば「自分を育ててくれた実家の両親と同じぐらいの暮らしができる収入が得られればいいです」と答える学生もいますが、どうやって自分の両親がその暮らしを成り立たせていたのかを、数字を積み上げて考えてみたリアリティがまるでないのです。
両親と同じような暮らしといっても、その暮らしにどれぐらいのお金が掛かっているのかをわかってないことには、それもできません。

お金に対する解像度が高いかどうか。

ビジネスマンとしての優秀さを判断しようとして面接等で話すときに、ぼくはそこを重視します。

厳しい言い方をすれば、自分の望む人生に対しても真剣になれない人、自分のお金にもこだわれない人間が、会社のプロジェクトで動かす他人のお金にもこだわれるとは思えません。

べつに、きみがどんな人生を望んでいてもそれは自由です。ぼくが面接官でも、その人生を正しい、間違ってるだなんて評価はしない。

ただ、たとえどんな人生を望んでいても、そこに到達するステップとして、新卒なら20代の最初の数年間をこんなふうに過ごしたい、こんな経験を積み重ねてこれぐらいの年収にはなっていたいと具体的に描き、その実現のための道筋を他人に説明できる状態にはなっておくべきでしょう。

それもなく「言われたことをがんばります」というだけでは、経営的にはそういう人材のほうが使いやすいのかもしれませんが、そんな学生はぼくなら採用しません。だいたい、そんなタイプほど、あとから被害者意識をこじらせて、モヤモヤとした不満をグチり出すのです。

なぜそうなるのかというと、ゴール設定ができていなかったからです。自分が掴みとりたい将来が具体的になってなくて、ボンヤリしている。

「なんとなく会社に評価してもらえて、なんとなく周りと同じくらいに昇給できればいい」というぐらいの将来イメージしか持たず、自分のどの素質や素養を活かして、どういう努力し、何を達成して、どんな評価が得たいのかが本人もわかってないし、それを他人である上司に伝えたうえで、すり合わせようとすることすらもしていない。

自分が望むものを伝えず、「何でもいいです」と言っておいてあとから「思っていたものと違った」と言うのはフェアではありません。本当はお寿司が食べたいのにラーメン屋に入って、後からお寿司が食べたかったと言い出すような、子供っぽい姿勢で会社と付き合っていては、いつまで経っても駄目です。

ある会社に入って仕事をするのも、その会社から給料をもらうことも、その人が望んでいるその人らしい人生を送るための手段にすぎません。すべてはツールであり手段なのです。


たいていの夢は300万円程度で叶う

ティモシー・フェリスの『「週4時間」だけ働く。』(青志社)という本の中ですごくいいことが書いてありました。

ざっくり言えば「死ぬまでにやってみたい夢、たとえばユーラシア大陸を中国からヨーロッパまでバイクで横断したい、熱気球で砂漠を飛んでみたいとか、そういった凡人の夢は、実はせいぜい数十万円から数百万円あれば実現できる。だったら、なぜ、今すぐにさっさとやらないのか?」ということを彼は言うわけです。

たとえばユーラシア大陸横断のバイク旅行をしてみたかったら、具体的にバイクはどの機種を買うのが良くて、燃料代はどれぐらい必要、メンテナンス用品は何がいるのだろう、というところまで考えてみる。

夜はキャンプするのか宿に泊まるのか。気候や治安はどうなのか。ビザ代はかかるのか。
それによって装備も準備も変わってきて、必要な費用も決まってくる。

こうしてトータルの旅程のために必要な金額が見積もりできれば、実現のためのリアリティの確認作業は、ほぼ終わっていると言えます。
このような下調べをせずに、漠然と地図を見て「行けたらいいなぁ」とボンヤリ考えているだけでは、永遠に夢は現実になりません。

あるいは別の例として、自分の「死ぬまでにやりたいこと」リストの中に「小型飛行機を操縦する」というものが入っていたらどうか。これも普通に考えると「時間も費用もとんでもないし無理だ」となるかもしれません。

だけど、本当にそうなのか。もし、日本でいわゆるセスナ機などの小型飛行機を操縦できるライセンスを取得しようとしたら、たしかに大変です。でも、視野を広げてフィリピンで取得するとまた話が違ってきます。

日本では自家用操縦士のライセンス取得に800万円前後かかるとされていますが、これがフィリピンでのパイロット留学なら300万円前後で可能だそうです。飛行訓練に必要な時間も日本の約半分。

それでも国際民間航空機関「ICAO」に加盟している国同士なら、手続きをすれば自国のライセンスに書き換えができます。フィリピンで安く早く免許を取って日本で航空法規関連の筆記試験さえ受ければ、「夢のライセンス」がまったく夢ではなくなるというわけです。

ですが、現実にはほとんどの人が、そうした作業をしない。ネットを使うなり旅行代理店に足を運ぶなりして、ちょっと調べるだけ、見積りを取ってみるだけのことをやらないわけです。それなのに、お金があれば、自由になる時間ができれば、こんなことがしたいなぁと、ボンヤリとした願望だけは持っています。

ぼくからすれば、実際に具体的な調査や検討もしたことないのに、実際に自分がしたかったことをやっている人を見て羨ましがったり、妬みか皮肉かよくわからないことを言ったりしているのが不思議でしようがない。

人生で実現したい夢のために必要な金額がわからずに、いつの間にか人生が終わってしまう。あるいは、必要な金額を超えているのに、それに気づかずいつまでも「お金」だけを追いかけて人生が終わってしまうのは、本当につまらないと思います。

《お金で買えない価値がある。買えるものはマスターカードで》

このCM、知っている人も多いと思うのですが、ぼくが選ぶ最高の広告コピーの一つです。「本当にその通りだな!」と心の底から共感できるフレーズです。

世の中で、何がお金で買えるもので、何が買えないものか。これは社会的で、哲学的な問題で、とりとめのない話かもしれません。
しかし少なくとも、「自分にとってのお金で買えない価値」とは何なのかと考えるのは、個人の人生の実存に関わる重要なことなのです。

きみにとって、お金で買えない大切なものが何か? それを箇条書きで書き出し、言語化できるレベルで具体的にわかっていれば、人生の悩みは、かなりシンプルになります。「お金で買えない価値」に関する悩み以外は、言ってしまえば、お金で片が付く問題だからです。



【10/22発売】これからのお金の教科書〜年収の伸びしろがケタ違いになる視点65

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