葬儀場に

Fish in the tank、その後(終)

読経が終わった後に、葬儀社の司会で弔電が読まれ、最後に親族の焼香が終わると、僧侶が鈴を鳴らしながらゆっくりとした動きで祭壇を離れ、参列客の間をすり抜けるように移動すると、会場を去っていった。

――今はただ、在りし日の姿に思いを馳せながら、ご冥福をお祈りし、別れの時を迎えたいと存じます…。
 
そんなナレーションが終わると、教授の入った棺の中に真っ白な百合の花が所狭しと敷き詰められ、蓋が閉じられると、最後に遺族を代表して故人の弟が喪主として弔問客に挨拶を述べた。

しばらくして出棺の時刻になると、棺は複数の人の手によって会場の外に運び出され、他の弔問客達が見守る中、霊柩車の中に丁寧に納められようとしていた。霊柩車は金色の塗装が施された宮型のもので、最近はあまり見かける事のなくなったそのタイプの車を、若い四人は特に珍しい思いで見つめている。

「…うわ、そういえば卒論どうしよう!」

 急に飛鳥がその事で大きな声を出して、周囲の弔問客が一斉に四人の方を見た。

「…学務課に相談すれば?…事情が事情だし、何とかしてくれるかもよ?」

 周りを気にしながら美雪が小声でそういうと、飛鳥はみるみるうちに憂鬱そうな顔になって、

「…えー。あたし、あそこのおばちゃん苦手なんだよなぁ」と小さな声で呟いた。

長い溜息をついた後に飛鳥が空を見上げると、垂れこめる灰色の空の上で無数のカラスがぐるぐる旋回していて、「…何あれ。縁起わるっ」と呟くと、飛鳥はそのまま空に向かって手を合わせた。

「…お前、何やってんの?」

 雄二がそう聞くと「ん?先生の成仏のため」と言いながら飛鳥は手を合わせ続けている。

「っつーかさ、たくさん人いるけど、先生と本当に仲良かった人ってどのくらいいるんだろう?」 

 青柳が他の弔問客の様子を見回しながらぽつりとそう言うと、美雪もしばらくまた周囲を見回してから「…私もよくわからないな」とそれに答えた。

 それから特に話す事もなくなって、しばらく四人共黙っていると、空から急に小雨がぱらぱらと降り始めて、短い時間ですぐに止んだ。

「今日、雨降るなんて言ってたっけ?」

 飛鳥が雄二にそう聞くと、雄二は空を見上げながら「…こんだけ曇ってるんだし、降ってもおかしくないんじゃない?」と答える。

「本降りになったらさ、先生が焼かれても煙が空まで上がらないね」

 飛鳥がまたそう言うと、今度は青柳がそれに反応して「最近は煙が出る所って少ないらしいよ」と答えた。

「…それよりさぁ、あの車いつ動くんだろう?」

 そう言って雄二が霊柩車の様子を見ると、どうやら棺が車の奥に上手く入ってゆかないらしく、葬儀社の人間が奥を覗いたり、後部ドアの入口の周辺を手で探ったりしながら四苦八苦しているようだった。

 その様子を見守っていた他の弔問客達も、まだ時間がかかりそうな事を見て取ると、携帯を取り出して何かを確認したり、小声で何かを囁き合ったりして時間を埋め始める。

「…なんかお腹すいたね。この後ご飯とか食べに行かない?」

 青柳は隙を見て美雪だけを誘うつもりでそう言ってみたが、何も知らない雄二がそれを隣で聞いていて、「この辺あんまりちゃんとした店なかったよ?」と言いながら、携帯で飲食店を探し始めてしまった。

「…あ。じゃあ、またコンビニでアイス買って食べる?」

 雄二の携帯を横から覗き込みながら飛鳥がそう冗談を言うと、「…買ってもどうせ食べないじゃん」と言いながら青柳が少しふてくされた顔でぶつぶつ言い始める。

「ほら、思い出って大事じゃん?みんなで思いで作ろうよ?」

 飛鳥が青柳の真似をしながらからかい始めると、青柳が悔しそうな顔で地団駄を踏む仕草をして、それを隣で見ていた美雪が我慢できずにくすくす笑い出した。

「…いやいや。ちょっと。さすがにみんなふざけすぎでしょ」

 雄二が苦笑いしながらそう注意すると、突然長いクラクションが鳴らされて、棺を無事収めた霊柩車がゆっくり動き始めた。

 ドライバーは、運転席からちらりと弔問客の方を見やると、また何事もなかったかのように正面に視線を戻して、ペダルにゆっくり力を加える。

そして一斉に合掌する弔問客達に見守られながら、霊柩車の上で羽を広げている装飾の鳳凰は鈍い色の光を放ち、葬儀場を出てそのまま環状線の流れに乗ると、まるで水平飛行でもするようにスピードを上げて、やがてはあっという間に見えなくなっていった。


そしてその時、雲の上ではこの冬になって何度目とも知れぬ緑の閃光がその軌道上で無数の破片に分裂して、気流に巻き上げられた後で空気に溶けるように燃え尽きていた。 

……それにしても、バイト先で見たあの光の方は何だったんだろう。

 美雪は幾度となく繰り返したその考えにまた意識を巡らせながら曇り空を見上げると、その僅かな光の反映に今回は全く気付くことのないまま、すぐに視線を戻して、ほかの三人と一緒に歩きながらゆっくりと葬儀場を後にしたのだった。

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