黄色い桜の葉(前編)

桜の葉が、黄色く枯れ始めていた。

まだ、9月も始まったばかり。
ノロノロと列島を縦断していった台風が、まとわりつくような湿った空気とどんより厚い雲をこの街に残している。

残暑という言葉の通りの天気で、紅葉にはまだ早すぎる季節のはずなのに、植えられた桜の木は一様に少しずつ黄色く色をつけている。

ゆうかは人もまばらな、夕方のキャンパスを一人歩いている。
大学はまだ夏休み。あと2週間ほどは静かな様相である。肩に食い込む楽器の重みが足取りを重くする。

今日、集まる意味あったのかな…。
立ち止まり、重たい楽器を背負い直して、ゆうかは思う。
やっと、野球部の応援演奏のシーズンが終わったと思えば、すぐ秋の演奏会、それが終わればアンコンだ。
たくさんいた同期も一人、また一人と辞めていき2年の夏が終わる今5人だけになった。自動的に団の幹部になってしまい、練習計画も選曲も練習場所の確保も、雑務が全てのしかかってきた。
気心知れた仲間といえば聞こえはいいが、役目の押し付け合いのような幹部ミーティング。大学生特有の集合率の悪さと遅刻率の高さに辟易しながら、なんとか議題をこなして終わったのは17時少し前だった。

まだ明るくてよかった。
一人で校門へ向かいながら、ゆうかは思う。
ふと見上げると、黄色い桜の葉が目に入ったのだった。

「今年の猛暑と、台風の長雨で、桜の葉の一部が黄色く変色してしまうそうですよ。」
何処かから、声がする。ゆうかは辺りを見回すが、閑散とした学内に人気はない。
「ここです。ここ、ここ。」
声のするのは腰より下のようだ。
「うぎゃっ。」
「嫌だな。そんな声を出さないでくださいよ。」
視線を下げると、そこには二足歩行の猫がいた。
一体自分は何を見ているのだろう。猫が喋るわけないし、二足歩行なわけがない。こんな小洒落たシルクハットを被り、傘を杖のようにするわけがない。
「ば、化け物…。」
ゆうかは後退りする。ストレスの限界値に達して幻覚でも見ているのかと思う。
「そんな風に怯えないでください。幻覚でも、化物でもありませんよ。僕は実在する猫です。ただ少し、ほなの猫より賢くてかわいい、人間の皆さんがあまり馴染みのない特技を持っているだけです。」
猫がいう。
「は、はぁ…。」
ゆうかはまだ自分の目の前の出来事が信じられないが、猫は構わず続ける。
「お嬢さん。よければ僕とお話ししませんか。そこの喫茶店でお茶をしながら。」
猫が指差す先には、桜の木の根元に小さな扉があった。中からこぼれてくる、暖かいランタンの光に、ゆうかは心がほぐれていくような気がして、言われるがまま、猫についていった。



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