嫁は鰻の最後の一口を必ず残す

贅沢をする。
「贅沢をする」という基準は人それぞれだが、原理自体は単純なものだと考えている。
本来の目的に対して、時間の使い方が膨大だったり、必要以上に金銭的コストを掛けたりすると贅沢ポイントが加算される。
よく勘違いされがちだが、贅沢ポイントが高ければいいという話ではない。このポイントには上限があり、それを超えると「もったいないゾーン」に突入してしまうのだ。このK点が人間それぞれが持つ贅沢基準点なのである。

さらにやっかいなことに、このK点は動く。
せっかく必要以上にコストを掛けたのにもかかわらず、目的達成の満足感が低いと、このK点は急にシビアになってくるのだ。こんなにコストかけたのにこんなもん?というあの感情だ。K点越えならずというわけだ。

日用品で例えてみる。
普通のティッシュよりも、鼻セレブの方が贅沢に感じるのは、使用目的が一緒なのに、必要以上にコストを掛けていて、尚且つ普通のティッシュ以上の満足感がしっかりあるからなのだ。
逆に高級綿棒は私にとって「もったいないゾーン」に属する代物だ。正直どれ使っても一緒というか、確かに違うけど、そこまで求めてないし、その割に全然値段違うし。納得できない。K点越えならず。なのである。

もちろん、高級綿棒が贅沢に感じる人もいる。それこそが価値観の違いというやつで、夏がダメなのかセロリが好きかで喧嘩するのも同じ原理だ。

我が家でも共通した贅沢品がある。
それこそが鰻である。鰻重。鰻を炭で焼いたやつを醤油タレぶっかけ白米に乗せたやつ。である。山椒最後にちょんちょんちょん、である。

まず値段について。正直なところ、うっそだーと思うくらい高い。飲み会換算で一次会と二次会合わせた会費と同じくらいする。現場のおっちゃんと食べに行く野菜炒め定食の10倍くらい高い。

また時間についても、出てくるのが遅いというイメージが強いのではないだろうか。じっくり焼くからこその香ばしさが醍醐味な為だけに仕方がないとは思うのだか、空腹で入店すると香りもあいまって大変辛い。

最後に味である。こちらも正直なところ、めちゃめちゃ美味い。マジで美味い。びっくりする。初めて一人で鰻を食べたのは長野出張の夜だった。びっくりした。本当にうまかった。
鰻は、フワフワとトロトロとカリカリを兼ね備えているのだ。普通この3種の食感の内、同時に装備できるのは2種までなのだ。それ以上は法律で禁じられている。それを鰻だけが特例で許されており、フル装備しているのだ。

冒頭で説明した、「贅沢ポイント」を価格と時間でぐーんと稼ぎ、味の満足感にてK点も引き上げている。至高の贅沢品なのである。


先日も嫁と鰻を食べに行った。嫁も鰻好きだ。基本的に味覚が合わない我々なのだが、鰻に関しては嫁も好んでいる。贅沢品が一緒なのは非常に助かる。

そうしてもう一点助かることがある。嫁は最後の一口まで絶対に食べられない。最後の一口残し村の住民なのだ。
毎回同じミスを繰り返しているのだが、一口目からテンションマックスになり、急いで食べて、最後残す。ゆっくり食べ切ることができないのである。なんなら半分くらい食べたところでチラチラとこちらの様子を伺いながら、最後に「まだ食べられる?」と聞いてくる。大変ありがたいことに。なので私は毎回一人前とプラス一口食べている。完食間際「あーもうなくなっちゃう」とかいいながら、(まあ最後に一口もらうけどな)と思っている。
この最後の一口が圧倒的満足感を与えてくれるのだ。

先日の鰻の道中。事件が起きた。
二人きりの車内で喧嘩してしまったのだ。
喧嘩の内容はたいしたことないから仲直りすることは容易いと思っていた。「ごめん」と言えば済む話だった。
しかし、その日は鰻に行く予定。そして、最後に一口鰻を分けてもらう予定なのだ。
ちゃんと仲直りしないと、最後の鰻一口くれとは死んでも言えない。向こうも意地になって完食してくるかもしれない。
そう考えれば考えるほど、突然謝って「あれ?こいつ、事なきを得て、最後の鰻もらおうとしてるな」と思われるのが恥ずかしくてどうしても謝れなかった。謎プライドが邪魔をする。

目的地は埼玉県内。少しの渋滞を越えて、到着。
めちゃめちゃいい店だった。美味い鰻屋特有の、扉を開ける前から香ばしい匂いをぷんぷんさせてる店だった。一枚の貼り紙「香水をつけての入店、お断り」。それだけ香りに敏感なのだろう。徹底した感染予防でその日は完全予約制で半個室だった。案の定美味い。皮と身の間にビッシリ脂がのっていてとろけるような旨みと甘さだ。炭の香りも負けていない。喧嘩はしていても旨みは感じるらしい。

チラチラと目線を感じる。予想外の展開だ。いや、予想通りといえば予想通りか。
意地でも食べ切ると思っていた嫁は、明らかに苦しそうにしている。
まるでまだ5回裏なのに、4番手の公文を登板させているデーゲームのようだ。

「まだ食べられる?」と嫁からパスが来た。喧嘩中の気まずい中、こんな優しい一言をかけてくれるなんて、本当に優しい人だ。同時に意地張ってる自分がめちゃくちゃ器の小さい人間なんだと、恥ずかしくなった。
最後の一口をもらった。
その瞬間仕方なく幸せな空間に包まれ、同時に仲直りも出来た。「ごめんなさい」と一言言って少し浦和を散歩して帰った。ありがとう。鰻。

嫁には悪いことをしたから、また連れて行ってあげなければならない。仕方ないから最後一口はもらってやるとしよう。

今日はこの辺で。



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