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慣れるということについて

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慣れるということには、なんというか、とてつもないパワーがあるように感じる。

一般的にいえば、よい習慣によくない習慣というのもあるだろうけれど、どちらにおいても、何かに慣れてそれを長い時間、ずっと繰り返し続けられるようになるということだから、そこまでに人を動かすエネルギーというのかパワーは地味だけれど、ものすごいんじゃないかとひとりで驚いているわけである。

例えば、今の僕がやっているルーティンもいくつかあるのだけれど、特に「ああ、めんどくさいなあ」と感じてやっていることはひとつもない。

とはいえ最初からそうだったか?というと、全くそんなことはなくて、そもそもがめんどくさがりで、ナマケモノで三日坊主なものだから、なかなか何かを習慣にするということが、小さい頃からあんまりできなかった。

それが、なんとなく思いつきで始めた廊下のモップがけとトイレ掃除も、はじめは「自分でやると決めたけれど、めんどくさいなあ」と思っていたけれど、そのうちに自然と慣れてきたし、むしろいつも廊下とトイレがきれいになって気持ちも良いので、やらないと落ち着かないくらいに今ではなった。

洗濯も1日に1回くらい回して、洗ったあとは干すわけだけれど、いちいち干すのがめんどくさくて乾燥までやってくれる洗濯機の購入を考えたこともあったけれど、これも気づいたら、いつの間にか慣れていて、今ではちょっとした軽い運動になっていいやとのんびり楽しくやっている。

あと、今でこそ早起きが好きになって、いつもたいてい朝5時にはパッと目が覚めて、こうやって文章を書いたりしているわけだけれど、昔は全く逆で起きる時間も特に決まっておらず、例えば仕事に行く日でも間に合うギリギリまで寝ているということをしていたし、それは小学生の時からずっとやっていたことでもあった。

それがどうして、今では毎朝5時に起きるようになったのかは、正直いうと忘れてしまったけれど、きっとこれもいつもの思いつきで、早起きして朝の時間をゆっくり過ごしてみたらどんな感じだろう?と、なんとなく始めたことのような気もする。

とはいえ、これまで朝はできるだけ、ギリギリまで寝ているということを習慣にしてきたのを、早起きにするというのはそれなりに時間がかかったように思う。

朝に目覚ましが鳴っても「今日は眠いからこのまま寝よう」という時は、数えきれないほど繰り返してきたし、「別に無理して早起きする必要ないんじゃないか?」と思ったことも、数えきれないほどあった。

けれど、早起きすることのメリットというのか、朝スッキリと目が覚めて、静かな時間に自分の好きなことをやるという楽しさを知るうちに、気づいたら目覚ましが鳴るちょっと前には、目が覚めて起きるということが自然とできるようになったし、二度寝というのもいつやったかも思い出せないくらいずっとしていない。

だから今の自分というのは、子供の頃とも、今よりちょっと若い頃ともだいぶ違う人間になっているし、昔の自分たちが見たら「これが自分なのか?」と信じてくれないかもしれない。

それほど、慣れるということは人を動かし、変えてしまうパワーがあるように思うし、それは僕自身が体感してきたことでもある。

きっとこれからもそれは続いていくだろうし、そもそも良いも良くないもないのかもしれないけれど、慣れるというパワーはどちらにしても強力なので、自分としてはそのパワーを楽しくて良い方向へと使っていきたい。



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