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お酒の飲み方 「速度」の移ろい

どうも、お久しぶりです。ぺりかんです。
さいきんは〆切に追われ、ほとんどnoteを開けずにおりました。
まだまだ〆切に追われていますが、たまには何か書くかと思い立った次第です。

お酒の飲み方が変わってきました

人並みにはお酒を飲めるほうだ。とくに苦手なお酒はなく、ビール、日本酒、焼酎、ウイスキー、ラム、ジン、ワイン、…となんでも好きだ。

両親がともに酒飲みだということも関係してるだろう。母親と父親は若干お酒の好みが違っていて、父はいつも食事とともにロング缶ビールを2・3本消費してから、日本酒、そしてワインの順で飲む。調子のよい時はそのあとにウイスキーもいく。母親は、ビールを一缶飲んだ後は、ワインか焼酎だ。ここ最近は檸檬堂のレモンサワーも好きらしい。ちゃんぽん祭りだ。

年に1度くらいの頻度(大学生のころはもう少し多かったが)で実家に帰ると、当然、お酒に付き合うことになる。ぼくもビールを1,2本あけてから、まずは父と日本酒を飲み、その後ワインを飲み、父が「ギブアップ」(?)したころに母が飲みはじめる焼酎かレモンサワーに付き合う。量で考えればかなり多い。

普段は一人暮らしなので、そこまでの量は飲まない。が、それでもさいきんは毎日のペースで晩酌をする。本を読みながら、あるいはYouTubeを見ながら。
ひとむかし、大学生の後半から大学院修士課程のころは、今では自分でも不思議なほどなにか鬼気迫るような気持ちで勉強に明け暮れていたので、「お酒を飲んで酔っ払う時間がもったいない」という思いがあった。お酒を飲むのは友人と飲みに行くときと、それ以外に週に1~2回自宅で飲むかどうかだった。

ところが博士課程に進学したころには、体力の衰えか、それともいわば「丸くなった」のか、かつての時間の過ぎ去る速さを羨ましく感じることがおおいに増えた。今では徹夜はしんどいし、鬼気迫るようなあの頃の気持ちはどこかへ行ってしまった。22時といえば昔は「よし、いまから研究するか」「いまから本気出すか」というはじまりの時間だったが、いまでは「もう今日は終わりだ」と終了のゴングを鳴らす時間になってしまっている。身体的・精神的な「老い」(まだ20代だが…)にあわせて、自分なりのペースをつくっていく時期に差し掛かってきたのだと自己分析している。無理をせず、一定のペースで研究を進めていくことはきっと大事だ。あの頃の短距離走のようなペースで今後も走り続けていたら、どこかを壊しそうな気がする(つねに100m走のごとく走り続けている「体力おばけ」の先輩方も数多くいて、それはやはり羨ましく感じるのだが)。

ソーダストリームの猛威

そしてお酒を飲む量と機会も増えてきて、今では毎晩だ。ここまではぼくの内面的/身体的な変化に絡めて書いてきたが、環境的な意味でもいくつか変化があった。そして物理的に、ぼくのお酒の飲み方を変えたのは君だ。ソーダストリーム君。

ソーダストリームは1年半前に購入した。炭酸水をペットボトルで買うよりも安く、しかもワンプッシュで手軽に炭酸水を作ることができ、ゴミもでない。その都度作るから炭酸が抜ける心配をすることもない。そんな、ほんとうに買ってよかったと思っているソーダストリームを導入してからは、ハイボールを飲むようになり、ビールはほとんど飲まなくなった。そういえば、ガスシリンダーを交換できるお店が家から徒歩5分のところにあったことも、購入の動機になった。

ウイスキー60mlに炭酸水300ml程度の割合で作るハイボール。これを、3~4杯飲むのがルーティーンだった。ウイスキーはブラックニッカスペシャルか、ディープブレンドがメインだ。どちらも、近所のスーパーで定価よりも非常に安く買えるのだが、とても美味しい。

だが、普段の飲み方では700mlのボトルなんてすぐに飲み切ってしまう。お酒にお金を使いすぎだ。そう思って、Amazonでブラックニッカクリア4Lを買ったりしたことがある。これはわりとお買い得で、また、700mlがなくなるたびに買いに行く手間も減ったし、その都度お菓子やら安売りの食材やらに目が行って無駄な出費をしてしまうようなこともなくなった。バカでかい酒を買うなんて、自分は立派なアル中だな…なんていう背徳感というか恥ずかしさのようなものはあったが、4Lの化け物は買ってよかったと思っている。

ソーダストリーム君、壊れる。

そのようにして幸せなハイボール生活、あるいはジンソーダ生活をしていたのだが、しかし1か月前に、ソーダストリーム君が壊れてしまった。突然、ボタンを離しても炭酸の噴射が止まらなくなったのである。はじめてその現象が起きたときはとてもびっくりした。とりあえずボトルを本体からはずして、出続ける二酸化炭素が落ち着くまでそのままにしていた。あとから調べたが、この対応で正解だったようだ。むりにガスシリンダーをはずそうとしたりすることは危険らしい。

事故がなくてよかったが、この一件で、ガスシリンダーが一発で空になった。その当時はシリンダーに異常があったのだと思っていて、ひとまずいつものお店に交換してもらいにいった(後から調べたところ、同じような異常で空になってしまった際に本社に問い合わせれば無償で交換してくれる可能性があるようだ。知らなかった)。だが、新しいシリンダーでも二酸化炭素が止まらない異常が再発。これは本体にどこか異常がありそうだ。

ガスシリンダーと本体を接続する箇所にある、パッキン。あるいは、ガスを噴射するボタン。少し調べたところ、どうやらそのどちらかに異常がある可能性が高いようだ。でも、自分で修理しようとしたり、買い替えたり、本社に本体の交換が可能か問い合わせたりは、いまだしていない。

なんといえばいいかわからないが、しいていえばこの一件で「萎えてしまった」。「もう、炭酸水メーカーはひとまずいいか。あんなバカでかいウイスキーを今後も買い続けるのもアレだしな…」なんて考えが頭をよぎって、今ではソーダストリーム君はキッチンの引き出しの奥に眠っている。

水割りの美味しさを知る

ソーダストリーム君が壊れてからは、もっぱらウイスキーのストレートかロック、あるいはドライマティーニ(恥ずかしながら、ダニエル・クレイグの007を見て飲みはじめ、ハマってしまったクチである)を飲むようになった。そして、とある祝い事があって購入した「アードベッグ 10年」はとんでもなく美味しい。なにやら、"ハマると抜け出せないお酒" らしい。たしかに、この強烈な香りと味わい、そしてその裏で静かに顔を出す柑橘系や甘めの香りが織りなす、あの複雑な味は他では味わえない気がする。好みが大いに分かれるだろうが、好きな人はとことん好きなお酒だろう。ただ、結構な値段がするので、ストレートでちびちび飲んでいる。

とはいえハイボールが飲みたくもなる。しかし、ペットボトルで炭酸水を買うのはコスパも良くないし、ラベルレスを買ったとしてもゴミが出るしということで気が引けた。そこで思いついたのが水割りである。ちょうど、蛇口につける浄水器を購入しようと思っていた矢先だったので、これ以上ないタイミングだった(ちなみに「クリンスイ」を購入した)

トワイスアップ。ウイスキーの香りが広がり、まろやかでありながら深みのある味わいが楽しめて、この飲み方がだいぶ気に入ってきた。水と混ぜたあと、最後にほんの少しだけ氷のうえにウイスキーを垂らすと尚美味しい。なにより、ペットボトルを買わず、蛇口から水を供給できるのが素晴らしい。水は蛇口から。氷も100円ローソンあたりのかちわりで安い。

生き方も飲み方もゆっくりとしてきた

ビールやハイボールはゴクゴクと飲んでしまう。あっという間にグラスが空ける。のど越しは刺激的で、疾走感がある。

水割り、そしてストレートやロックは、そうした疾走感とは異なるウイスキーの楽しみ方だ。ゆっくり、ゆっくり。味わいの広がりや深み、そして水や氷による加水がもたらす味の変化を楽しむ。

ウイスキーをめぐるこの「減速」が、自分の研究・生き方の「減速」とほぼ相まって生じている変化であることが興味深い(ソーダストリーム君が壊れてなければ、また違っていただろうが…)。

とはいえ、今後も、いつかは100m走を全力で駆け抜けなければならない時はやってくるだろう。そのための底力は残しておかなければならないし、そのためのトレーニングは続けないといけない。いつでも自分を奮い立たせられるようにしなければ、と思っている。そんなときはまた、ハイボールが飲みたくなるんだろうか。はて。


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