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書評・感想『人事変革ストーリー』~個と組織「共進化」の時代~ 高倉千春著 感想と個人的な評価

個人的な評価:★★★☆☆(星3.5~4.0)

はじめに:総合的な感想


企業が採用している人事制度について、最新のトレンドや考え方を知ることができる。
その意味では大変参考になる書籍であった。

しかし、本書は、上記のような内容を、ビジネス書ではなく新書で出版する、ということになったせいだろうか、結果としてやや中途半端な内容になったという印象がある。

序章はともかくとして、第2章からは著者の経歴に関する説明が長く続く。
現在大学を卒業する前の学生、特に女子学生の皆さんが、自分のキャリア・パスを考えるための参考にする、という点では良い内容なのだろう。
しかし、私のように「人事変革のストーリー」を読みたい読者からすれば、「著者のキャリアアップ・ストーリー」には、残念ながらあまり興味が向かない。

さらに、著者が在席した企業での個別の事例に関する話としては、大変参考にはなったが、あくまで個別の事例としての情報が中心であったため、「汎用性」や「一般性」の観点からはやや面白みに欠けると言わざるを得ない。

しかし、本書はあくまで新書であり、純粋なビジネス書ではない。そう考えれば妥当な本と言えるのかもしれない

以上を総合的に判断した結果、評価点としては「3.5~4.0」と、やや辛めのものとなった。

1.人事制度に関する私自身の体験と意見


私自身は人事制度に関する専門家ではない。しかし、私なりに人事制度の在り方には興味を持ち、ウォッチをしてきたつもりである。
そこで、この本の書評・感想からは少し離れてしまうが、日本経済と人事制度の関わりに関して、私なりの意見をまず述べておきたい。

日本の人事制度が最初に取り入れた制度は、「職務等級制度」であったと認識している。(注:日本の人事制度の変遷をつぶさに見てきたわけではないので、間違っている可能性もあります)
職務等級制度は、従業員がほぼ同一の尺度に従って評価されるが、最終的には従業員全員が「それなりの地位」まで昇進できる、という安心感を与える制度となっていた。

しかしその後、日本経済の停滞に伴って多くの企業で業績が低迷し、職務等級制度に伴う人事制度は、その限界が如実に見えるようになってきた。「誰もが『それなりの地位』まで昇進できる」ということが難しくなってしまったのだ。

日本の人事制度は、いわゆる「成果主義」と呼ばれた目標管理制度が広まる一方で、コース別の人事制度や、様々な自己申告制度など、個人の希望やニーズに対応する制度が広く普及するようになっていった。
いわば、「アメとムチ」のような形で、個人に対して成果を出すことを直接的に求めるようになる一方で、個人個人の事情や要望をできるだけくみ上げるような制度が普及していったのだ。

そして現在のトレンドとしては、個人の事情や要望だけでなく、価値観や経験にまで踏み込んでいこうとしている。
そうした最新の人事制度のトレンドに触れることができたのは、この本を読んだおかげであったと考えている。

以下では、私が興味を持った点について、ややアットランダムになるが、ピックアップしていくことにしたい。

2.エンゲージメント


エンゲージメントは、本書によれば、「自社に愛着を感じ、自発的に仕事に取組み意欲を持っている状態」を指す。
調査項目としては、「理解度(Think)」「共感度(Feel)」「行動意欲(act)」の三要素について実施される。
ちなみに、engageという単語について、ChatGPTに英語で聞いてみた。すると、次のような答えが返ってきた

To occupy or involve oneself: This can mean to participate in something or become involved in an activity or conversation. For example, "He decided to engage in the discussion."

ChatGPTのアウトプットから

これを日本語訳すると次のようになる。
「…に従事する」あるいは「…に関与する」
これは、何かに参加する、活動や会話に参加する、という意味になる。
例えば、「彼は議論に参加することにした。」
 
つまり、会社の方向性や考え方を「理解」し、それに「共感」し、「積極的に関与して行動しよう」とする意識であると考えられる。
本書では、日本人はこのエンゲージメントが低いことが問題であるとしている。
 
さらに筆者は、「エンゲージメントに関しては、近年、『持続可能なエンゲージメント(Sustainable Engagement)』という概念も注目され始めました」と指摘している。

ウイリス・タワーズワトソンのレポートでは、これを「生産的な職場環境、心身の健康などによって維持される、目標達成に向けた高い貢献意欲や組織に対する帰属意識」と定義しています。
具体的には、従来のエンゲージメントの要素に「Energize(エネルギーを持って仕事に取り組んでいる)」と、「Enable(自身の能力を発揮できている)」という二つのEを要素として加えたものです。

本書より

整理すると、「持続可能なエンゲージメント」には以下の5つの要素が必要、ということになる。

1.理解(Think)
2.共感(Feel)
3.行動意欲(act)
4.仕事へのエネルギー(Energy)
5.能力の発揮(Enable)

ここで重要なことは最初の3つの要素は、主として従業員側の考え方次第、というところもあるが、付け加えられた2つの要素は、会社の役割も重要になってくる、という点であろう。
著者も指摘しているが、例えば「健康経営」を推進することは、社員の「4.仕事へのエネルギー」を維持し、増進することにつながると考えられる。従業員のキャリア支援を積極的に行うことは、「5.能力の発揮」を促進できる。
4と5の要素について、会社が積極的に取り組むことで、1から3までの要素を高めていく、という考え方である。

いずれにしても、従業員のエンゲージメントを高めることが、企業の業績向上に直結することはよく理解できることである。

3.従業員経験価値(Employee Experience:従業員経験価値)


人的資本たる働き手にとって魅力的な経験や機会を提供できるか、という視点で重視されるものである。
具体的には、その企業に入るための「求職活動」から始まって、最後の「退職面談」に至るまでの、従業員と企業とのやり取り全てが含まれる。
従業員経験価値は、それを高めることで、従業員の満足度や幸福度を向上させ、エンゲージメントのスコアを高めることにつながる。

ポジティブな従業員経験を提供できれば、従業員の満足度とエンゲージメントを高めることができる。またその従業員が評価され、サポートされ、モチベーションが高まれば、自分の仕事と組織の目標にコミットする可能性が高くなる。
すなわち、従業員経験価値を高めることは、従業員の満足度、生産性、定着率を向上させることにつながる。そして最終的には、企業収益の向上にも寄与するものとなるのである。
 

4.パーパス経営


パーパス経営(Purpose-driven management)は、企業が利益追求だけでなく、社会的使命や価値の追求に焦点を当てる経営のアプローチのことを言う。
さらに、著者が本書で指摘しているのは、次の点である。

昨今、企業の存在意義や目的に軸を置く「パーパス経営」を標榜する企業が増えています。けれども、ここで気を付けておきたいのは、パーパスを持っているのは企業だけではなく、働き手である社員も個人としてのパーパス(職業観、価値観、キャリアビジョン)を持っているということです。
だから、企業が真剣にパーパス経営を目指すのであれば、社内で経営理念の浸透を図るなどして社員に自社のパーパスを共有してもらうだけでなく、自社のパーパスと社員個々のパーパスをすり合わせる必要も出てきます。

本書より

私は、最初に「パーパス経営」と聞いた時には、「何をいまさら?企業が経営理念や経営ビジョンを明確化させ、それを社員に徹底していくというのは、何十年も前から言われてきたことでは?」と考えた。
 
しかし、著者の言うように、重要なことは、企業のパーパスと個人のパーパスとのすり合わせをする努力を行うことである。
さらに著者が「企業のパーパスと(従業員)個人のパーパスが完全に一致することは無い」、さらに「個人のパーパスは往々にして企業のパーパスからはみ出してしまう」ということはある意味当然なことである。
その際に、どうやって従業員の「経験価値」を高めていくのか、ということを真剣に考える必要がある、という。
 
著者は、自分自身の取組みとして、従業員の副業・兼業を認めてきた、というが、なるほどそういった取組みも必要なのだろう、と考えさせられた。

5.ウエルビーイング(Well-being)


「ウエルビーイング経営」、あるいは「Well-being経営」は、従業員の健康と幸福を重視し、彼らの総合的な福祉を促進する経営手法である。
「健康促進」、「ワークライフバランスの支援」、「自己成長とキャリア開発」などが、一般的には取組みとして挙げられる
 
著者は、ロート製薬での取組みとして、「well being ポイント(WBP)」を導入したことを挙げている。具体的には、以下の5つの項目について、社員に自己採点してもらったという。

1.私は仕事を通じて社会に役立ち、貢献することができている。
2.私は楽しく仕事に取組み、生活を豊かにすることができている。
3.私は仕事を通じて成長した実感を持てている。
4.私は将来目指す目標があり、今後のキャリア形成に期待を持っている
5.私はチームの一員としてチームワークに貢献できている。


ロート製薬では、このWBPの提出を半年に1度社員に求めたそうである。
社員にはこの5項目を10点満点で自己採点をして、自分の仕事への向き合い方を確認してもらっていたそうである。
 

最後に

本書に関して、私は冒頭において、「著者が在席した企業での個別の事例に関する話としては、大変参考にはなったが、あくまで個別の事例としての情報が中心であったため、「汎用性」や「一般性」の観点からはやや面白みに欠けると言わざるを得ない。」とやや厳しいトーンで書いた。

しかしながら、こうした具体的な取組み方法が、大いに参考になるのも事実である。

人事制度については、過去、時代の変遷に合わせて様々な制度が企業によって試行錯誤的に取り組まれてきた。
今後についても、いろいろな事例・考え方を参考にしながら、私自身も勉強を続けていきたい、と改めて思った次第である。

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