書評・感想『資本主義の中心で、資本主義を変える』清水大吾著 感想と個人的な評価
個人的な評価:★★★☆☆(星3.0~3.5)
はじめに:総合的な感想
この本を読み終えて、不思議な読後感が残った。
こんな読後感は初めてだった。
この本のタイトルが、昔のベストセラー本をもじっていることは、よくわかる。
しかし、たかだか、ゴールドマン・サックスで仕事をしていた、というだけで「資本主義の中心で」とは、「よく言えたものだ」と感じる。
さらに、資本主義に対する理解、分析も非常に浅いし、内容が薄い。それだけの理解で、「資本主義を変える」とは、やはり「よく言えたものだ」と、感じざるを得ない。
さらに、極めつけとして、筆者は巻末近くで、以下のように言っている。
やや口幅ったいが、私はかつて、短い期間ではあるが、故宇沢弘文教授に師事したことがある。同教授に関して書かれた本の中には、『資本主義と闘った男』というものがある。
故宇沢教授は、そう言われるくらい、資本主義に関して深く思考した人物で、関連する著作も多い。
存命中には、ノーベル経済学賞の有力候補の1人とも言われていた。
そんな私からすれば、著者のこの発言は、「ちゃんちゃら…」という感じすらある。
・・・しかし、不思議に読後にそんなに嫌な感じや、著者を軽蔑するような気持は湧いてこない。
「それは、なぜだろうか。」と私は考えてしまった。そして、私なりに得た結論は以下の通りである。
「資本主義を変えたい、という著者の熱い気持ちと、同じく資本主義に対して感じた課題に対して、真摯に向き合おうとする姿勢の純粋さが、読む人の心を撃つから」
そうなのだ。
熱い心、純粋な気持ちというものは、人の心を動かす効果があるのだ。
さらに言えば、この著者は、自分の考えを堂々と自分の言葉で述べている。言い換えれば、いろいろな本からの引用を“まぶす”などして、逃げようとしていない。その点がとても清々しく感じる。どんなにこなれていない主張、もしかしたら考えが足りない主張かもしれないが、それを自らの主張として述べていることには、好感が持てる
しかし、そうは言っても、やはり資本主義に対する理解や考えは、どうしても不十分だと言わざるを得ない。
そのため、評価点としては「3.5~4.0」と、やや辛めのものとなった。
1.資本主義は「限界」か?
本書を読んで最も驚きかつ少々呆れたのは、著者が本章の1-1で述べている「資本主義の方程式」と名付けた以下の方程式(?)である。
資本主義=「所有の自由」×「自由経済」
著者によると、以下の論理で著者は考えている。
資本主義を定義するために、資本主義では無いものと比較をする。それは社会主義である。
社会主義との対比で考えてみると、決定的な違いは「競争原理の有無」である。
著者は次のように言っている。
こうした「論理展開」によって、上記方程式の「所有の自由」が導き出されている。
しかし、私の目から見れば、たいへん抜け漏れの多い、論理展開と言わざるを得ない。
試しに、ChatGPTに「資本主義と社会主義の違いがよくわかるように対比してください。」と聞いてみたところ、以下のような回答が返ってきた。
ChatGPTの答えを参考にすると、本書の著者が言っているのは、「1」に関することだと言えるだろう。
しかし、資本主義と社会主義の違いはそれだけではない。経済的な成果の分配に関する問題(「2」に関すること)や、経済に対する政府の役割の違い(「3」に関すること)の問題も大きな相違点と言えるだろう。
さらに、資本主義は近代や現代においてのみ発達したものではない。
「商業資本主義」と呼ばれる資本主義は、インドやアラブ世界との交易によって富を蓄積した、10世紀から14世紀ごろまでの中国や、ヨーロッパ、アフリカ、アジアとの交易を行った、7世紀以降の中東世界でも発達したものである。
これらの時代には、必ずしも「所有の自由」が保証されていた訳ではない。
こうして指摘をしていけば、著者の言う「資本主義の方程式」がいかに素朴で、練られていないものなのか、ということがよくわかると思う。
ちなみに、資本主義は「自由経済」でなくても十分に成り立ちうるし、成り立ってきた。
現在の中国経済は事実上の資本主義だと言えるが、決して自由経済の国ではないことを見ても、この主張が正しいとは思えないことが理解できるであろう。
・・・この辺りでやめておこう。批判ばかりとなってしまう。
ちなみに、資本主義に対してもっときちんと理解したい方は、私が別途書評を書いている『現代経済学の直感的方法』(長沼伸一郎著)を読まれることをお勧めする。
2.お金の流れを根本から変える
前章と打って変わって、本章の主張は納得できる点が多いと言える。
本章は、上場企業を中心とした、資本市場あるいは株式市場に関する課題と改革すべき点について述べている。
著者は、ゴールドマン・サックスに勤めていた方であり、実体験を交えて話しているので、説得力がある。
「株式の持ち合い」など、安定株主を巡る問題については、基本的にはその通りだと考える点が多い。
この章を読むと、この本のタイトルは「資本市場の中心で、資本市場を変える」とした方が、やはり無難だったのだろうと思う。
3.最終的なまとめ
第3章以下については、長くなるので、内容に関するコメントを省略する。
繰り返しになるが、この本の資本主義に対するコメントは正直言って評価することができない。しかし、資本市場を中心としたいろいろな改革提言には、傾聴に値する点が多く含まれている。
何よりも、「資本主義を変えたい」というこの著者の熱い思いと、資本主義に対して感じた課題に対して、真摯に向き合おうとする姿勢の純粋さには、心を打たれるものがあった。
それが、読んだ後の不思議な読後感につながった、と思っている。
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