書評・感想『ドキュメント 異次元緩和 10年間の全記録』 西野智彦著 感想と個人的な評価
個人的な評価:★★★★☆(星4.5)
本書は、いわゆる「アベノミクス」が行われた10年間に関する、政府、日銀、さらに財務省を中心とした、「ドキュメンタリー」である。
ちなみに「10年間」とは、2013年1月~2022年12月までの期間を指している。
ちなみに、黒田東彦氏が日銀総裁となったのは、2013年の3月であり、現日銀総裁の植田和男氏が日銀総裁に就任したのは2023年4月であった。
本書は、この10年間において政府、日銀、そして財務省を中心として発生した様々な事象や、人々のやり取り等を丁寧かつ丹念に追った質の高いドキュメンタリーである。
表面的な出来事だけを追っているのではなく、その背景や考え方、登場人物たちの感情や心情等にまで、かなり入り込んで考察していることが特徴である。
現時点(=2024年6月)であれば、事実上「アベノミクス」は継続しているわけだし、読むタイミングとして、「遅きに失している」ということは無いと考える。
評価としては、「5」ではなく、「4.5」としたのは、やはり外部の第三者からの推察で終わっていることが多い、ということがあるからである。
可能であれば、今から5~10年後に、改めてもう一度著者に本書で“推察”で終わってしまった点に関して、当事者に取材をしていただきたいと感じた。
そうすることで、本書は「5」となりうる書物だと感じている。
Ⅰ.「アベノミクス」に対する評価について
本書の副題である「10年間の全記録」を見たとき、黒田総裁によって、いわゆる「異次元緩和」が行われた期間が、10年間という「かなりの長期間」であったことを思い返して、不思議な感慨を覚えた。
そして本書評を書いている2024年6月においても、異次元緩和自体は事実上継続しているのである。
そこで、本書の「書評と感想」という観点からはやや離れてしまうが、「アベノミクス」について、私の思うところを少し述べてみたい。
まず、本書のタイトルである「異次元緩和」という言葉と、「アベノミクス」という2つの言葉を私は使っているが、この2つはもちろんイコールではない。
「アベノミクス」は、「三本の矢」と呼ばれる以下の3つの政策によって構成されていた。
第1の矢:大胆な金融緩和
第2の矢:機動的な財政政策
第3の矢:民間投資を喚起する成長戦略
このうち、「異次元緩和」とは上記の第一の矢のことであり、アベノミクスを構成する3つの要素の一つに過ぎない。
しかし、他の2つの矢は、過去の政権においても行われてきた施策であるのに対して、「異次元緩和」は、事実上アベノミクスにおいてはじめて行われた施策であったといえる。
その意味で、異次元緩和はアベノミクスの象徴のような政策であったといえる。
アベノミクスに対しては、賛否両論の評価がなされている。
例えば、日本総研会長の寺島実郎氏や、経済学者の野口悠紀雄氏などはアベノミクス批判の急先鋒であると言えるだろう。
さらに、政治的な立場の違いが大きいためか、野党の関係者や、野党系の学者諸氏などは、概ねアベノミクスに対して否定的であると言ってよいだろう。
その一方で、アベノミクスに対して好意的・肯定的な意見も存在している。
経済界はおおむね肯定的な評価が多かったと認識している。企業業績が回復し、株価が上昇したからである。
企業業績の回復によって、企業の採用活動も活発化した。このため、若者層には安倍晋三元首相の人気は高かった、という話も聞こえていた。
さらに言えば、経済学者については、既述の野口悠紀雄氏のような反対論者もかなりの数が存在しているが、賛成している、あるいは好意的な見解を述べる学者も少なくない。
いわゆる「リフレ派」と呼ばれる「異次元緩和の積極推進派」が賛成するのは当然として、そうではない経済学者、特にケインズ派の経済学者が数多く賛同していたことも特徴であると言える。
例えば、代表的なケインズ派経済学者である岩井克人氏は、アベノミクスについて「アベノミクスを「経済学として正しい方向に向かっている」と評価している。
同氏はさらに、以下のように述べている。
私は、本書を読んで、改めてアベノミクスの持つ複合的な性格を認識させられた。
それは、本書を読んでえられた重要な示唆であったと考えている。
少し脱線してしまったので、以下では本書に戻って、私が注目したいくつかのトピックについて述べていくことにしたい。
Ⅱ.本書に関する注目すべきトピック
1.「異次元緩和」に対する安倍政権の認識について
本書でまず注目すべきは、「異次元緩和」を開始する“動機”に関する、安倍晋三氏とそれを支えた経済学者たちの認識である。
本書では、以下のように書かれている。
この考え方の背景にあるのが、以下の認識である。
この認識と、安倍氏の委員会での答弁からよくわかるように、安倍氏は金融政策だけでデフレを克服できると考えていた。
既に紹介した通り、アベノミクスには「3本の矢」が存在する訳であるが、安倍氏は「第1の矢」、すなわち金融緩和だけでデフレから脱却できると信じていたのである。
ここで注目したいのは、「インフレと同じく、デフレも「貨幣的現象」であり、」という言葉である。
これは、アベノミクスを支える経済理論が、「新古典派経済学」あるいはその派生形とも言える「マネタリズム」であることを端的に示している。
ところが、そういった理論的背景を持つ「異次元緩和」を、新古典派経済学を鋭く批判する岩井克人氏が評価している。それがこの「異次元緩和」の持つ不思議さであると言ってよいと、私は考えている。
なぜ、ケインズ派の経済学者が異次元緩和を評価するのか、というと、それは2つの理由があると考える。
第1の理由は、「大胆な金融緩和(=第1の矢)」と、「積極的な財政政策(=第2の矢)」の組み合わせは、ケインズ派の経済対策の基本と一致しているからである。
第2の理由としては、デフレよりもインフレの方が望ましい、という理解は新古典派・ケインズ派に共通した理解となっているからである。
既述の通り、安倍元首相は「第1の矢」だけで十分だと考えていた。しかし、麻生元財務相兼副総理らの説得を受けて、第2、第3の矢を追加した、と本書では書かれている。
結果として、アベノミクスは両派から支持される政策となったのである。
2.異次元緩和の直面した課題について
異次元緩和が実施されたことによって、円安と株高が進んだ。それによって、当初は経済成長率も向上し、経済は順調に推移した。
しかし、同年4月1日に消費税の引き上げが行われたことにより、景気に冷水がかけられる。
こうした問題もあって、消費者物価上昇率(CPI)は日銀が期待したようには上昇しなくなる。
こうした状況を受けて、黒田前日銀総裁は、「黒田バズーカⅡ」と呼ばれた第二弾の異次元緩和策を2014年10月31日に打ち出した。
マネタリーベースの増加ペースを年間60兆円~70兆円から80兆円に拡大する
長期国債の買い増し額を年間50兆円から30兆円増やし、80兆円に拡大する
買い入れの平均残存期間を最大3年延長し、7~10年程度に長期化する
ETFとREITについても従来の三倍増のペースで買い入れる
この「黒田バズーカⅡ」は、金融政策決定会合では賛成5、反対4の本当に僅差で決定されたものであった。
今となってみれば、我々はこの「黒田バズーカⅡ」でも。2%の物価上昇率の達成が実現されなかったことを知っている。では、それはなぜだったのだろうか。
日銀と黒田前総裁は、その理由として次のように述べている。
新古典派の理論に立脚していれば、貨幣供給量を2倍にすれば、物価水準も2倍になるはずである。それが実現していないとすれば、それはそれを許さない「何か」が社会に存在しているからだ、という“理屈”になる。
これに対して、ケインズ派の経済学者は、「流動性のわな」に嵌っているからである、と考える人が多い。
「流動性のわな」とは、「金融緩和で金利が一定の水準よりも低下し、伝統的な金融政策の効果が失われること(三井住友DSアセットマネジメント株式会社のHPより)」を言う。
私は、この2つの理由はそれぞれ当て嵌まっている、と考えている。
いずれにしても、異次元緩和は想定した期間で目標を達成することができず、その結果として10年以上という長い期間に渡って続けられることになったのである。
3.異次元緩和のもたらした“副作用”について
異次元緩和については、既述のとおり、賛否両論の評価があるが、その評価と並行して、異次元緩和には「副作用」がやはり存在している。ここで、「副作用」とは「異次元緩和がもたらした思わぬ効果」という意味である。
以下では、異次元緩和のもたらした副作用について考えてみたい。
副作用の第一は、「円安」である。円安については、もともとは「アベノミクスは円安政策であった」と言われており、想定内であったはずである。
しかし、本書評を書いている2024年6月の時点では、「過度な円安」が日本経済に関する大きな課題となっていると指摘されている。
現在のやや過度とも言える円安については、黒田前総裁の時代から始まっていた。しかし、黒田氏自身はあまり意に介さなかったとされている。
これに対して、本書では以下のように批判的なトーンで評価している。
副作用の第二は、日銀が非常に大きなバランスシートを持つようになってしまったことである。
どうして巨大なバランスシートを持つことが問題なのかと言えば、日銀が保有する資産が含み損を抱えるリスクがその分大きくなるからである。
しかし、この点については一言付言をしておきたい。
確かに、金利が上昇すると、保有する国債の価値は下落し、含み損が生じる。含み損が問題となるのは、その国債を期日前に売却しなければならない事態が生じるケースである。
しかし、日銀はみずから日銀券を発行することができるので、例えば資金繰りに困って国債を期日前に売却しなければならないといった事態は生じえない。
含み損を抱えることについて、「全く問題ない」、というつもりはない。しかし、含み損のことを殊更に問題にするのは、一般の企業や銀行等と、中央銀行である日本銀行とを混同している懸念があると言えるだろう。
そして、副作用の第三は、銀行、特に地方銀行の業績の悪化である。
長引く緩和によって金利が低下したことは、多くの金融機関の業績にマイナスの影響をもたらした。それに加えて地方経済が悪化・衰退したことにより、地方銀行の業績が悪化することになった。
本書では、これ以外にも、日銀が国債を発行後ただちに購入する、という措置を続けたために、財政法第5条にて禁じられた「日銀による国債の引き受け」に限りなく近い状況を生じさせたことによって、財政規律が低下したことなどを副作用として挙げている。
これらの副作用について、私が特に指摘したいのは、第3の副作用である銀行の業績悪化である。
なぜかと言うと、銀行の業績悪化は、銀行の取引先に必ず影響が及ぶからである。
例えば、マイナス金利が導入されたことで、銀行は預金の受け入れに対して消極的になった。特に、法人関連の預金受け入れなどについて、一部の銀行などは露骨に嫌な顔をするようになってしまった。
そのため、起業をして会社を設立したものの、法人の新規預金口座をなかなか作ることができない、といった事態まで生じてしまったのである。政府を上げて起業支援をしているのに何で?という感じである。
「異次元緩和」というレベルであればともかく、マイナス金利まで取り入れてしまったことの副作用は、私はかなり大きかったのではないかと考えている。
4.異次元緩和に対する著者の評価について
既述のとおり、異次元緩和には賛否両論が存在している。
同時に、異次元緩和は事実上現在も継続しており、現段階でその成否を判断することには限界もあるだろう。
では、著者は異次元緩和に対してどのような評価をしているのか。
著者は本書の最後で次のように述べている
上記の後、著者は異次元緩和の功罪について、まとめとして総合的に記述している。
そしてそのまとめとして以下のように述べている
つまり、著者としては、著者が筆を置いた段階で異次元緩和の功罪を評価できる立場にはない、ということになる。
そのため、黒田前総裁が2023年11月の日経新聞の「私の履歴書」において、「デフレを脱却して物価安定を実現するための有効な代案はあっただろうか。私なりに国益を追い、最善を尽くしてきたつもりだ」と述べたことについては、以下のように述べて非常に批判的である。
Ⅲ.終わりに
以上、本書について私が注目した点について述べてきた。
異次元緩和に対する私の評価は、結論としては本書の著者に似ている。
それは、「現時点での評価は時期尚早である」というものである。
しかしながら、本書の著者が全般的には異次元緩和に対して批判的な論調であるのに対して、私はさほど批判的ではない。なぜかと言えば、私の異次元緩和に対する評価は、既に紹介した岩井克人東大名誉教授の意見に近いものだからである。
さらに言えば、本書の著者が批判している「日銀の巨大なバランスシート」に関しても、その評価にはやや疑問を感じている。
しかしながら、全般的に見れば、本書は丹念に取材を行って、できるだけ客観的に事実を述べるようにしている。その姿勢に関しては高く評価をしたい。