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「自分の言葉」を使った仕事をしたいという思い

 背景画像は、どこぞの黒板に書いた自筆です。

 「自分の言葉」については、上記Noteでも言及しています。

 大学までは、いい職に就ければ、安定した収入さえあれば人生はそれでいいと考えてきた。それを掴むことだけに躍起になっていて、自分のやりたいことがどうだとか、自分が何を愛しているだとか、自分が何をしていきたいだとかは深く考えてこなかった。心の奥底では思っていたとしても、蓋をしてきて、レールの上をただひたすらに走っていけば、幸せになれると思っていた。

 今の仕事では、「自分の言葉」なんていうものの出番はない。ありきたりな事務職だし、どちらかと言えば早いレスポンスを要求される仕事なので、深く思慮する暇があるなら、正確でなくとも迅速に言葉を発することが要求される。メールを使うにも、電話応対するにも、いかにも社会人らしい定型文を並べて、それでおしまい。
 「あれ、これ誰でもできる仕事だな」
 「誰でも扱える言葉を、誰でも扱えるような形で発しているだけだな」
と思いながらも、安定した収入を得られていたので、深くは考えずに仕事に没頭していた。来る日も来る日も、目の前に来る仕事をこなす。メールをさばく。仕事をこなす。メールをさばく。淡々と、淡々と、言葉を使っていく。


 さて、休職することになった。人生でほぼ初めて、明確に立ち止まる時間ができた。これまでを振り返り、今を見つめ、これからを考える時間ができた。

 漠然と、ただ漠然と、「自分の言葉」を大切にしたいと考えてきた。言葉を使って、お金を稼いでいきたい。言葉を扱うことを生業としていきたい。そう考えてきた。こういう感情を抱いたのは、人生で初めてかもしれない。 

 あらゆることに手を出してみた。曲でなら、自分の感情を表現できるかもしれないと考えて、DTMなんかも始めてみた。商業化しなくとも、作る目線に立って音楽を捉えるという経験は、音楽への理解をより一層深めてくれた。ただ、あまりしっくりは来なかった。一生続けられるというほどの自信は湧いてこない。

 心療内科で受けたカウンセリングに感銘を受けて、公認心理師の資格を取ってカウンセラーになろうかとも考えた。一通り用語集や英単語集、参考書を買って、通信制の大学の説明会も受けたりした。公認心理師の資格を取るには、学部分での単位を稼ぐために編入して2年間+大学院修士2年間で最短でも4年かかるらしい。それまで、人の心理への関心が保つかというのが心配になった。学費もバカにならな
い。


 言葉に関する職に就いてみたいと考えながらも行き詰まりを感じていたとき、
高校で演劇をやった仲間と集まる機会があった。
  

 昔話に花を咲かせているさなか、「今改めて自由に配役だったり、制作のメンツを決められるとしたら、どういう配置にするか」という話題になった。当時はメインキャストを担当していたのだが、確かに別の役を演じていても面白かったかもしれないなあと思っていると、仲間の一人が放った一言にビビッと来たものがあった。

 「お前が脚本を書いたら、面白いものができたかもしれないな」 

 それだ、それかもしれない。活路はそこにあるかもしれない。昔から、ドラマを見ることは好きだったし、脚本に着目して見ることもあった。言葉に関しても昔から神経を割いていて、ジャンルを問わずさまざまな小説や物語を渉猟してきた。休職期間に出会った多くのドラマたちを通じて、自分も何かを形作ってみたいとぼんやり考えていた時に、この言葉は自分の心を貫いた。
 「自分だったら、どういった作品を作るのか」
 「自分がもし高校の時に脚本を書いていたとしたら、どんな作品ができたのか。その続きが見てみたい」

 翌日すぐに脚本家への道のりを調べた。脚本に関する学習などはてんでやってきていない身だから、まずは基礎から学んでいくべきと考えて、シナリオ・センターの提供するワークショップに申し込みをした。
 
 これから先がどうなるかはわからないが、とりあえず、一歩。踏み出してみようと思う。講座を受けながら、自分で書いてみながら、どこまで行けるのか、確かめてみようと思う。
 この方面の話は気が向いたら書き続けるし、Noteでは全然関係ない話をするかもですが、夢の序章として書いてみた次第です。

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