「心にカオスを感じる」ってどういうこと?〜生きづらさを解消する哲学〜
日頃リアリストで合理的で、身の回りのことをきちっと整える妻が、ふとこぼした言葉だった。
これは少女漫画やラノベで、あらゆる女性からモテる俺様系イケメンが、自身になびかない女の子に対して興味を持つ時のセリフである。
あらゆる面で真逆な要素しか無い自分が言うと全世界からビンタを喰らいそうだが、
このときばかりは「おもしろっ」って思って考察を深めてしまったほどの衝撃だった。
日常にそこまで不満は無い…
だけど、何かが足りない…
そんな感覚って、誰もが感じることなのでは。
カオス理論とは
カオスについて研究が深められ始めたのは1960年代のことだった。
アメリカの気象学者、エドワード・ローレンツは、気象予測モデルの研究をしていた際に、非常に小さな違いが長期的な天気予測に大きな影響を与えることに気づいた。
これを「バタフライ効果」と呼ぶ。「ブラジルで蝶が羽ばたくと、テキサスで竜巻が起こる」という仮説を立てたことに由来する呼称である。
このローレンツの発見が、他の科学者に大きな衝撃を与え、その後数学者、物理学者がカオス理論の基礎を築いた。
彼らは、単純な方程式でさえも、カオス的な振る舞いを示すことが出来ることを証明した。
これは、「カオスが自然界の多くの謎を解き明かすカギになるのでは?」という投げ掛けになった。
1980年代以降、カオス理論は気象学だけでなく、経済学、生態学、医学など、予測の難しい分野で利用され始めた。
さらに、科学の分野に留まらず、哲学や芸術にも広がりを見せている。
カオス vs 科学
カオス理論は20世紀以降発展し続けているが、カオスそのものは人類太古の時代から意識され続けている。
細かい言及は避けるが、ギリシャ神話、中国思想、日本神話にも「Chaos(カオス)」「混沌」というワードは出現している。
この頃は宗教や神話が人の心の拠り所とされ、自然は神聖なものであった。
特に中世の宗教的社会においては、それを研究すること自体がタブー視される時代だった。
それが、さまざまな反発がありながら、カオスな自然現象の中にある秩序を探求し始めたのが、17世紀のガリレオ、ニュートンの時代からである。
ただ、この時代はまだ、「カオスは科学によって全て解決される」という価値観があった。
その営みの中で、先に述べたカオス理論が20世紀にやっと、登場した。
「カオスを細かく解析すれば、さらに科学が深まるのではないか?」という流れである。
人の心にもカオスが宿る
カウンセリングをしている自分にとって、人の心理は、こんなに身近なものなのに、まだまだ奥深い。
突然イライラしたり、落ち込んだり、逆にテンションが急上昇⤴️したり。
理由は、「誰々に嫌なことを言われたから」とか「凄い良いことがあったの!」と本人は言う。
もちろんそれは事実なのだが、それをカウンセリング等で細かく検証していくと、
「似たようなシチュエーションで、意外とイライラしないんだな…」
「これがあるとテンション上がる⤴️と思ったけど、意外と無いな…」
といった、カウンセラーにとって意外な事が起きる。
カウンセリングでは、生きづらさの根本とこういった違和感を繋げて、そこに認知行動療法的アプローチを仕掛けることをする。
人の心理におけるカオスのひとつに、「無意識」、つまり価値観や「べき思考」などがある。
それを解釈することで生きづらさの解消のヒントが出てくるかもしれない。
おわりに
自己理解のために、
「心の中のカオス」
を探求すること、
あるいは「他人を頼りながら」気付いていくこと。
そういう営みを日常に取り入れることは必要かもしれない。
次回は、
ということについてお話ししていきたい。
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