見出し画像

父が最期に残してくれたこと

今の気持ちを残しておきたいので、ここに綴りたいと思います。

実は、1月4日に私の父が急死しました。61歳でした。
1ヶ月経ちましたが、今でも夢の中にいるようで、実家に帰ると父が「おかえり」と言ってくれるのではないかと思ってしまいます。ですが、実家に帰っても父からの「おかえり」の言葉は返ってこないので、「あー、本当に亡くなったんだな」と、ようやく寂しさを感じることができるようになってきました。

1月4日、父は同窓会に行こうとしていました。
2時間前まで母と元気に話していて、「同窓会まで少し時間あるから仮眠するわ」と言い、布団に入ったまま、還らぬ人となってしまいました。あまりに突然のことだったので、家族はもちろん、父のたくさん友人たちが涙を流してくれました。また、告別式には何百人もの方が来てくださいました。
父は、いろんな人に愛されていたんだなと思います。

私の父は、少年のような自由な人でした。
決して家庭的な父ではありませんでしたが、自分の好きなように生き、周りにはいつも人がいて楽しそうにしている父は、小さい頃から私のヒーローでした。

61年と聞くと、一般的には短く見えるかもしれませんが、父は全力で自分の人生を駆け抜けていったので、短いながらも満足して旅立っていったのだと思います。とはいうものの、「もっと話がしたかったな」「もう少し生きていてほしかった」と寂しさと後悔が頭を行ったり来たりしているのが本心です。

人の死は、あまりにも突然やってきます。

「人はいつ自分の人生が終わるかわからない。
だからこそ、自分らしく人生を楽しめ。」

それが父の最期のメッセージだと思います。また、私の誕生日の前日に亡くなったことも、何か意味があるんだろうなと思っています。

「また明日」

そう言って、次の日に会えることがどれだけ奇跡的なことか。
普段何気なく使っている言葉が、どれだけ尊い言葉なのか。
父の死を持って初めて実感しました。

生きていることそのものが奇跡みたいなことで、日常の中には奇跡がたくさん起こっているのに、欲が出てくると人を妬んだり権力を求めたりして争いがおきます。でもそれは余裕があるから。その生き方はもったいない。だって、私たちは今生きているんだもの。

不意に父がいない寂しさがやってきますが、父が自分の身を使って教えてくれたことが無駄にならないように、一瞬一瞬を大切に生きたいと思います。

近くで父が見守ってくれていることを信じて。  

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?