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今の時代の「働きたくない!」が異次元だった

SNSで発達障害の人のアカウントをフォローしていると、
「働きたくない!」という投稿をよく見かける。

そういった直接的な言葉が使われてなくても、
コンサータ、ストラテラ、合理的配慮といった言葉の数々が
たびたびトレンドに上がってくる。

「がんばって何とかしようと、みんな必死なんだな・・・」
自分もかつてコンサータを飲んでいた時があったから、
なんとなくイメージできた。

どうにか食らいついていこうと努力する人の姿が
目に浮かんでくるようだった。

一見すると「働きたくない」という言葉の裏には
社会への不適合でもあるんじゃないかという印象がある。

ところが、よくよく調べてみると
今の時代の「働きたくない」は、本人というよりも、
むしろ社会の側に問題があるのではないかという気がしてきた。


キャリアコンサルタント講座での講師の一言

かつて私が資格を取ろうと、
キャリアコンサルタント講座を受講していた時のことだった。

参加者の平均年齢は比較的高めで、
企業で人事の仕事をしている人が多かった。

平日の昼間の受講ということもあり、
どうやら業務の一環として来ているようだった。

話を聞いてみると、
誰もが名前を聞いたことのある大企業の人が多い。
仕事を辞めていた上にまだ開業届を出す前だった私としては、
その中で完全に浮いた存在だった。

ある日の授業で、
ふと講師が受講生に質問を投げかけた。

「もし相談に来た人から『働きたくない』って言われたら、
みなさん、どうしますか?」

受講者は、昭和生まれの世代が多い。
思わず説得や説教をしたくなるという人がほとんどだろう。

昭和と言えば、
汗だくになって動き回る熱血サラリーマンの時代だ。

それに加え、昔からの「働かざる者、食うべからず」という価値観が
まだ色濃く残っていた時代でもあった。

時代が昭和から平成に移り変わった直後の1989年には、
「24時間戦えますか」
というキャッチコピーの栄養ドリンクのCMが流れ、
このフレーズが流行語にもなった。
今の若い子が聞いたら、
「完全にブラックじゃないですか!」
とか言うかもしれない。

終身雇用制度がまだあった時代には、
そういう働き方をする人もいたのだ。

ところが、ワークライフバランスを意識する人が増えたように、
調和を重んじる令和の時代には、昭和の価値観はもう通用しない。

新たな時代を迎え、がむしゃらに働くという時代ではなくなったものの、
それでも生活のために収入を得るには働く必要がある。

ただそれでも、「働きたくない」という裏には、
一体何があるんだろうか。

働くことの何がストレスなのか

大企業の人事の人たちといっしょに受講して
少し気まずい面もあったものの、
キャリアコンサルタントの養成講座は無事に修了することができた。

その後、キャリアコンサルタントの試験も
あと一歩で合格というところまで行きながら
いろいろ事情があって結局キャリアコンサルタントにはならなかった。

代わりに今となっては、
人事や心理系の記事を書くライターの仕事をしながら、
企業のオウンドメディアの運営にも関わったりもしている。

そんな中、最近、メンタルヘルス関係の記事を書くことがあった。

その記事の中で使うデータについてリサーチしていた時のことだ。

働く人が具体的にどんなことにストレスを感じているのか。
それを示す資料が必要になった。

昔から、職場でのストレスの原因と言えば、人間関係が圧倒的に多い。
正社員でもアルバイトでも、離職する理由の一位は、
たいてい人間関係によるものだ。

「たぶん、ストレスの第一位は、人間関係だろうな」

そう思いながら厚生労働省の資料を探し回っていると、
意外な結果が目についた。

以下に示すのが、記事を書く時に使った資料の一部だ。

厚生労働省「職場におけるメンタルヘルス対策の状況」

ストレスの原因のダントツ第一位は、「仕事の質・量」で56.7%だ。

第二位は「仕事の失敗、責任の発生等」で35.0%となっており、
第三位にやっと「対人関係」の27.0%がランクインしてくる。

調査対象となった令和2年(2020年)という年は、
ちょうど6月にパワハラ防止法が施行されて、
大企業に対してパワハラの防止が義務化された年でもある。
(ちなみに中小企業に対しては、2022年の4月から義務化)

人間関係の問題が解消に向かった一方で、
技術革新によって簡単な仕事は機械に置き換えられてきている。
さらに、少子化による深刻な人手不足に陥っていることで、
仕事に求められる質や量は、飛躍的に高まってきている。

質と量が同時に高いレベルで求められるようになってくると、
ミスが多いADHD、
すぐに疲れてしまう繊細さん、
完璧主義過ぎてなかなか前に進めないASD
といった人にとっては、かなりしんどくなる。

それどころか、56.7%の人が
仕事の質・量がストレスだと答えていることから考えると、
もはや「健常者の人であってもしんどい」という状況なのだ。

ハイレベルすぎる応募書類

求められるレベルの異常さは、就活生の応募書類にも表れていた。

ちょうど私はライターの仕事もしているということや、
キャリアコンサルタントの講座の受講生という経歴があった。

「文章を書くのが苦手な人のために、何かできないだろうか」

そう思って、やろうと思っていたのが、
応募書類の添削のサービスだった。

添削のクオリティには、自信があった。

私自身も、かつて会計事務所に転職する時に、
転職エージェントをうならせるレベルの応募書類を書いたことがある。
電話越しに言われたエージェントの言葉は、今でもよく覚えている。

「すごいですね!このレベルのものは初めて見ました!
文章書くの、得意なんですか?」

エージェントの驚き具合からすると、
私の書いた応募書類は、相当ハイレベルなものだったようだ。

それもそのはずで、とあるビジネス雑誌の
「マッキンゼーに採用される人はどこがすごいのか」
という特集を参考に練り上げたものだったからだ。

マッキンゼーといえば、世界でも有数のコンサルタント会社だ。
そんな企業に採用される人が書くようなものが参考になっているから、
レベルは高くて当然だ。

「これくらいのレベルで添削ができれば、
就活生も、採用担当者も驚くんじゃないか」

そう思って最近の就活本をパラパラとめくっていると、
思わず「え?」となってしまった。

かつて私がエージェントから絶賛されたレベルのものが、
当たり前のように出てくるではないか!

「いやいや・・・レベル、高すぎでしょ!」

簡単な仕事は機械がやる時代にあっては、
人間に対しては高いレベルのものが求められるようになり、
今となっては、もはやこれが当たり前なのだ。

そのことに加えて、今の日本の雇用制度では、
一度雇うと、簡単には解雇できない。
だから問題のある人を雇ってしまうと、
企業は大きなコストを背負わされることになってしまう。

そういうこともあり、
深刻な人手不足であるにもかかわらず、
厳選採用に踏み切ってしまう企業も多くなってくる。
いくら深刻な人手不足だからといっても、
簡単には採用してくれないのだ。

昔の時代と、今の時代の就活生の
「何十社も落とされた!」は、
もはや次元が違うのである。

新たに登場した「静かな退職」

今月に入ってから、
また新しいキーワードで記事を書くことになった。

そのキーワードというのが、「静かな退職」というものだ。

「ついにこのキーワードでコンテンツを制作する時が来たか」
キーワードを指定された時に、そう感じた。

静かな退職といっても、実際に退職届を出すわけではない。
必要最低限の仕事しかやらないようになり、
まるで退職したかのような状態になるのだ。

アメリカでは、コロナ禍によるリモートワークの導入をきっかけに広まり、
今や全世界に広がっているらしかった。

この静かな退職の対義語としてあげられるのが、
「ハッスルカルチャー」と呼ばれるものだ。

ハッスルカルチャーとは、仕事上の目標を達成するために
毎日がむしゃらに働き続けるという文化のことで、
まさに昭和の時代の熱血社員の働き方といってもいいかもしれない。

リモートワークの導入によって家族と過ごす時間が増えたことで、
家族との時間の大切さに気づいた人たちが、
「静かな退職」という選択肢を選んでいる。

今の時代の「働きたくない!」には、
上司に怒鳴られながら厳しいノルマをこなすのが嫌だというような、
昔とは違った気持ちが込められている。

家族との時間や、自分の身体は大事にしたい。
そういった気持ちが、背景にある。

直接「働きたくない」と口にするのではなく、
「静かな退職」という形で、
働き過ぎてボロボロになってしまう前に、
周囲とそっと距離を取るという人が世界的に増えてきているのだ。

仕事に対して、ハイレベルな質と量が求められ、
AIの導入やDXも進んでいるはずなのに、
なぜか仕事が減らないという異常な状況の中では、
むしろ「働きたくない」の方が普通だと言えるかもしれない。


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