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まぁ、いいんだけどさ



『はぁ⁉︎○○に彼女ぉ⁉︎』



『落ち着いてください飛鳥さん。別にまだ決定したわけじゃないですから』



落ち着いた雰囲気のカフェが一気に騒がしくなる。騒がしいと言っても、一部に過ぎないのだけど。



『でも、梅がそんなこと言うなんて結構強力な証拠があるんでしょ』



『まぁ、○○さん好きの飛鳥さんに言うのはちょっと気がひけるくらい衝撃ですけど…』



『なに、言ってみんさいよ』



『言ったところで飛鳥さんが傷つくだけじゃないですか』



『いやいや、○○が付き合ってると知らないで馬鹿みたいにアプローチ続ける方が無様でしょ。』



『…そうですねぇ。じゃあ、これを見てください』



そう言って梅の手から差し出されたスマートフォンに写っていたのは一枚の写真。


…特に変わったこともない綺麗な夜景…って




『なにこれ!!!!!!』



『ですよね‼︎これは、確です。間違いなく女です。』



そこにはさりげなく写り込む指先。そして、その指先には淡いネイルが塗られている。



『どうして。ねぇ、どうして梅。ねぇ』


『そんなの私に聞かれても知りませんよ。でもまぁ、○○さんにだってバイト以外のコミュニティーはあるだろうし…仕方ないですよ』


『じゃあ、私が今までやってきたアプローチってどうなんの。無駄だったって言いたいの。』


『先輩である飛鳥さんに言うのもあれですけど、あれ、アプローチって言いません。ただのいじめです』


『そんなことないでしょ』


『そんなことしかありません。アプローチしてみたとかいうから興味津々で聞いてみたらただただ○○さんが可哀想ってい………なんでもないです』



自分でも知らない間に私の視線は梅を睨みつけていたようだった。


てか、私のやったことそんな○○に届いてなかったかなぁ。









『ねぇ、○○。この皿洗ってくれる?』


「いや、それ飛鳥さんの仕事じゃ…」


『洗ってくれる…?』


「分かりましたよ。やりますから置いておいてください」




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『だからそれただの雑用押し付けてるだけですから。』


『いやいや渾身の上目遣いだったよ?』


『どんだけ自分の顔面過信してるんですか。まぁ、飛鳥さんは顔だけはいいですからね』



『じゃ、じゃああれは!!??』







『ねぇ、〇〇?』


「どうしました?」


『今週末空いてる?』


「まぁ、一応…」


『一緒に山菜採りに行かない?いい山知ってて……』


「ご遠慮しときます…」




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『いやいや今どきデートに山菜採りに誘う女の子がいますか?それも聞いた時ゾッとしましたよ。』


『ダメかぁ!!』


『まぁ、もう諦めてください。〇〇さんはもう誰かのものになったんですから』


『やだよ。初めて好きになったんだもん』


『そんな素直な飛鳥さんも珍しいですね。しかも男性経験のない飛鳥さんが〇〇さんにぞっこんだなんて。一体何があって〇〇さんに惚れたんですか』



『え、言わなきゃダメ?』



『言わなきゃダメです。そうじゃなきゃ私もまともなアドバイスできないじゃないですか』



『そうかぁ。うーんとね……』



あれは、約半年前のこと。







『お疲れ様でした』


バイトからの帰り道。いつもよりも業務に時間がかかってしまって思っていたより辺りは暗くなってしまっていた。


『…22時…かぁ。』


どこか夜ご飯を食べに行こうにもこんな時間に女が1人で入店するにも気が引けるし、

でも、こんな時間に今から自炊するのも面倒がくさいし……。



そんなことを呑気に考えていた時だった。




『ひゃぁっっっっ!!!!!!』




道に立ち尽くしていた私は突然、右手に持っていたバッグを盗まれた。それも物凄い勢いで。



『ちょ、ちょ!!』




私は一生懸命に追いかけようとした。しかし、犯人は男性のようで運動音痴の私が追いつけるわけがなかった。



『…ねぇ、ほんとに!!』



私がそう悲痛な思いを声に出した時、私の隣をとある人間が颯爽と走り去った。



「おい!返せよ!」




そうやって叫びながら犯人を追いかけるのは紛れもなく、同じバイト先の〇〇だった。


しばらく経った。私は何も考えることが出来なくて途方に暮れた。キャッシュカードに、保険証に、クレジットに、現金に………。


いくら何でもあんなに距離が離れた犯人を鈍臭い〇〇が捕まえられるわけが無いだろうし。



そう思っていた時だった。




「…はぁ、はぁ…」



前から、〇〇が帰ってくる。




息切れをしながら右手で、私のバッグを掲げながら。



『えっ!?!?』



「取り返しましたよ…。これからは気をつけてくださいね」



『いや、うん、気をつける。それはそうなんだけど、何?〇〇って陸上選手なの?』



「なんでですか笑」



『だってあんな速い犯人を捕まえるだなんて』



「あっちの道は踏切があるんでそっちに追い込むように追いかけて、丁度よく。作戦勝ちですよ」



私はあっけに取られた。



『…ありがと。ほんとに』



「飛鳥さん可愛いんですから。警戒してないと」



…えっ!今、可愛いって言ったよね!

なんだか、いつもナヨナヨしている〇〇の男らしい姿を見て鼓動が早くなっていくのを感じた。



『そりゃどーも…』



「じゃあ、帰ります。気をつけてください」



そう言って私と逆方向に走っていく〇〇。めちゃくちゃフォームが綺麗じゃん。


……はぁ。




なんで私、〇〇が見えなくなるまで姿追ってるんだろ。









『てわけ。』


『なるほど、惚れる理由に関しては真っ当ですね。』


『こんなことされたら…ねぇ…?』


『うーん。まぁとりあえず、飛鳥さんの〇〇さんへの気持ちが生半可なものでは無いということはわかりました。』


『いや、疑ってたのかよ』


『とりあえず、女の様子を探りますか。ここで無謀に戦うより戦略を練った方がいいかも知れないですね。』


『…………』


『飛鳥さん?』


『いいよ、別に。〇〇に私への気持ちなんてサラサラないんだよ。私が勝手につけあがって。勝手に好きになっただけなんだから。〇〇に無理やり好きになって欲しくないし』


『なに急に弱気になってんすか。飛鳥さんらしくないですよ。』


『ねぇ、私らしさってなんだろ』


『え?』





『私…〇〇に振り向いて欲しくてネットで出てきた方法ばっか試して』


『山菜採りとか、どんなサイト見たんだよ…』


『でも、全部引かれて。なんか私、何が正解で何が不正解なのかが分かんない。』



『…そうっすねぇ……』



梅澤の考える仕草は何かヤンキーのようなものを感じる。




『…飛鳥さんがやりたいことを素直に伝えることが大切なんじゃないですか?』




『…え?』




『ネットとかの情報じゃなくて、〇〇さんに何をしてあげたいか。一緒に何をしたいか。自分なりに考えてみてください』



梅澤の強い視線に思わず吸い込まれそうになる。



『…わかった…』



『で、飛鳥さんは何をしてあげたいんですか』









『…あのときの…ひったくりを捕まえてくれた時のお礼がしたい。』







『それでこそ、飛鳥さんですよ』




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『あの…〇〇…』



「どうしました?」



『明日って…空いてる…?』



「空いてますけど…なんですか、また山菜採りですか笑」



『そ、そうじゃないから!!…あのね…』



「…はい」



『一緒に、ご飯でも行けないかなって。ほ、ほら、あのときのひったくりのときの…お礼をしたくて…』



「ひったくり…?あぁ!!あれか!!結構前のことですけど…」



『奢るから!!だから…』









「行くに決まってるじゃないですか」





「僕、飛鳥さんからのご飯のお誘いずっと待ってましたし。」


『…ほんと?』


「ほんと。」


『…でも、彼女さんにちゃんと言わなきゃ…』


「彼女?なんのことですか?」


『ほら、夜景かなんかの写真!!ネイルしてる人が映り込んでたじゃん!!』


「夜景?ネイル?なんのことを言ってるのか分かんないんですけど…」


『え?』


「え?」


『え?』


「ん?」



私はゆっくりと梅澤の方を振り向く。そこには




ニヤニヤと笑う、梅と山下の姿があった。



『…アイツら…』


「何があったかは知りませんけど…楽しみにしてます」









『お前ら、騙したな?』



バイト終わり、閉店した店内のテーブル席に私と梅澤、そして山下美月が座る。


全てはこいつらを問いただすため。



『いや、騙したっていうか…ねぇ?』



山下の爪には、あの夜景の写真と同じネイルが塗られていた。



『つまりはこういうことだな?梅と山が2人で行った夜景の写真を〇〇が撮った写真と偽った…というわけね。梅と〇〇は身長が一緒だから、写真の角度も似ていたと。』


『………』


『黙ってるってことは、合ってんだな』


『で、でも!飛鳥さん、明日〇〇さんとデート行くことになったんですよね?結果オーライじゃないですかぁ!!』


『山、私はその点について問いただしてんじゃないの。結果オーライとかじゃなくて、私を騙したことに怒ってんの』


『騙したわけじゃないです。騙された飛鳥さんに非が……』



『梅、私って何年先輩?』



『…すみません』




静まりこんだ店内は3人だけを照らしている。いよいよ厨房の電気も消され、残りは私たちだけとなる。



「お前ら、鍵閉めるから早く出ろよ〜」



店長のそんな声をきっかけに私たちは席を立つ。全員が葬式のような顔をしている。



『おつかれした。今回の件は…お許しください』



2人して店前で頭を下げられる。そこまでされたら…ねぇ…?



『いいよ、別に。そこまで怒ってないし。まぁ、これで私と〇〇の仲が壊されてたらタダじゃ済まなかったと思いますが。』



『飛鳥さん、明日頑張ってくださいね。シフト、変わっときますから』


『あたりめえだお前ら。』




そう言って静かに去っていく2人とは逆方向に私は歩き出す。今日は一段と星空が輝いて見えるなぁ…


あ、あの星綺麗……




「飛鳥さん」




『ん?』




突然、後ろからトントンと肩を叩かれたと思ったらその正体は、〇〇だった。



『こんなとこで何してんのよ!!』


「何してるも何も俺だって今バイト終わったばっかですよ」


『それはそうだけど……』


「しかも、飛鳥さんが心配で。」


『…?』


「ほら、ひったくりのこともあったし…もし今日飛鳥さんになんかあったらとか思うと…」


『…思うと…?』






「明日、一緒にご飯食べに行けなくなっちゃうんじゃないかって思っちゃったんです」





「もし良かったら一緒に帰りませんか…?」





そう言って微笑む彼の笑顔はどの星よりも綺麗だった。












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『今頃飛鳥さん楽しんでるのかな、デート』


『ね。多分イチャイチャしてんじゃないの』


『なんでうちらは皿洗いなんか…』


『みじめだわぁ』



『ねぇ、次は飛鳥さんにどんなイタズラする?』



『ん〜。え〜。なんとかしてあの幸せをぶっ壊してやりたいからなぁ』



『そうだよね。なんで飛鳥さんだけが…』



『うちらのこと舐めんなし!!』





またもや、飛鳥のことを騙そうと企てる2人なのであった。







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