久保じゃなきゃ、良かった?
「久保」
○・史「はい?」
「あ、男じゃなくて女の方の久保な笑」
あぁ、まただ。またやってしまった。なんで同じクラスに
"久保"が2人もいるんだ。
『ねぇ、いい加減間違えないようにしてよ』
隣の席に座る久保。いや、久保史緒里。同じ名字だと出席番号順でもほぼ必然的に隣同士になってしまう。授業中に名前を呼ばれる方向も一緒なため余計にこの"久保"の呪縛から逃れられない。
「ごめん。気をつけるって」
『それ、何回目だよって!』
久保史緒里は持っていた赤ペンで俺の脇腹をついてくる。インクを出したままにしてあったせいでシャツに若干色がつく。
「お前が久保なのが悪い」
『いいえ!そっちが久保なのが悪いんですぅ!私の方が久保に見合ってる』
「なんだよ久保に見合うって。久保顔ってこと?」
『なんか嬉しくない』
こんな会話を繰り広げたのも初めてではない。この「久保史緒里」という女の子に出会ってしまったのは、この高校に入学して1番災難な出来事と言っても過言ではないかもしれない。
俺は馬鹿馬鹿しくなって席をたった。久保はそんな俺を見て机のノートに視線を戻す。休憩中も勉強をするガリ勉久保史緒里には飽き飽きだ。
翌日
「○○、お前昨日掃除当番サボっただろ?」
登校して、教室の扉を開けた瞬間竹林という男子生徒にそう話しかけられた。俺には掃除をサボった記憶もなければ掃除当番だった記憶もない。
「え?」
俺がそう返すと負けじと竹林も俺を追い詰める。
「お前さ、昨日掃除当番だったろ?お前がいなかったせいで俺が掃除させられる羽目になったんだからな」
怒り口調でそう話しかけられるとこっちもこっちで怖気付いてしまう。やってもいないのにやったと白状させられるような、警察の取り調べの気分になった。
「俺は昨日当番じゃなかったぞ」
俺がそう言うと竹林は眉間に皺を寄せた。
「はぁ?じゃあ久保史緒里の方だっていうのか?」
俺は思わず当番名が記載されている掲示板を見た。うちのクラスの掃除当番は毎週くじで決められる。だから、「久保」と書かれていてもどちらの久保かは分かりやしない。
「久保史緒里…」
俺では確実にない。明らかに彼女だ。彼女が忘れていた。そうに違いなかった。
でも俺は中々彼女が忘れていたということを言えずにいた。久保が竹林に追い詰められる姿など見たくない。
「久保史緒里なのか?あんな真面目な子が?」
俺が黙っていると絞り出すかのように竹林は口を開いた。真面目?お前に何がわかる。アイツはいっつも俺にちょっかいかけてきて、ずる賢くて…真面目な部分はほんの一部に過ぎない。
「俺だよ…俺が忘れてた。今、思い出した。ごめん」
諭すようにそう呟いた俺の言葉は大いに伝わったようで竹林も表情を落ち着かせた。
「だと思ったよ。久保さんに罪なすりつけようとしてんじゃねぇよ」
竹林は序盤の俺の返答に違和感を感じたのか正義ぶって久保さんの味方をし始めた。だんだんとギャラリーの数も増えていく。
女子からの視線が特に痛い。
「ごめんって…そんなつもりはなかったんだ」
"○○ってそんなやつだったのか"
"なすりつけようとしたってこと?"
"サイテーじゃん"
罪を認めたらこんな風になるのだと初めて実感する。このクラスにおいての俺の居場所は一瞬にして消え去った。朝のホームルーム前のざわめきが全て俺への悪口に聞こえる。
「じゃあ罰として一週間掃除当番○○な」
朝のホームルームで担任の教師がそう言い放った。俺は立ち上がって「はい」とだけ返事する。
隣で目を見開く久保史緒里を尻目に。
『ねぇ、』
『ねぇ…』
『ねぇってば…』
放課後、1人、教室内で箒の音を響かせているとドアの方から澄んだ声が聞こえた。
「ん?なんだよ…」
そこにいたのは虚ろな目をした久保史緒里。いつもとは打って変わって申し訳なさそうな表情をしている。
『昨日の当番…私だよね?どうして庇ったりなんかしたの…』
久保史緒里の視線が俺に注がれる。
「別に、庇ったつもりはないよ」
一段と床と箒の擦れる音が大きくなった。
『なんで庇ったの』
「だから…庇ったつもりは…」
『なんで』
「だから…」
『なんで』
「もう…気まぐれだよ気まぐれ」
『○○がみんなから冷たい目で見られてる姿私は見たくない』
「じゃあ朝のホームルームで言えばよかったじゃねぇか。私が忘れていたんですって」
『言えるわけないじゃん‼︎あんな状況で…』
「それがお前の真意だよ。自分に罪が被らなければそれでいいってな」
『っ‼︎‼︎なんでそんな酷いこと言うの…?』
ふと久保史緒里の方を見る。久保史緒里は瞳の淵に涙を溢れさせ、すぐに涙が流れてしまうところまできていた。
「おい…泣くなよ…」
『…ごめん』
彼女がしゃくりをあげる姿が俺の視界にはあった。窓の外から聞こえるサッカー部の「パスパス‼︎」という声、野球部の打つ「カキン」とボールを打つ金属音、陸上部の掛け声。全てを掻き消すように
久保史緒里の泣き声が響く。
『明日…みんなに言うから…私が忘れてたって…』
「…そんなことしなくていいよ。もう過ぎたことなんだから気にすんなって」
『でも…私耐えられない…』
「俺はお前が責められるところを1番見たくないよ」
『そうやって優しくするから…』
涙を拭んだ彼女の制服は少しだけ変色していた。
『○○…さ…』
震えた声で久保史緒里は唇を動かす。
『…無駄に優しいんだよ。』
俺は思わず眉間に皺を寄せた。床を掃く音も同時に止まる。
『あんたなんか…人に優しくしないで、私にちゃんと罪を認めさせて、今日も楽しく友達とお昼ご飯食べてればよかったの‼︎』
叫び終わった彼女の背中は呼吸と共に絶え間なく動いていた。
「そんなことしたら…久保が悪者に…」
『だから好きになっちゃうんじゃん‼︎』
掻き消すように教室に響いたその声はしばらく反復し、耳に届くのに数秒かかった。
「……」
『……』
しばらく沈黙の空間が包む。急な展開すぎて俺も何を言えばいいのか分からない。
しかし、それは久保史緒里も同様のようで言葉に詰まった彼女は視線を下に向け唇を仕舞い込んでいる。
「…久保」
『っごめん‼︎わ、私、帰る‼︎‼︎ちょっと調子に乗りすぎたみたい笑ほんっと忘れて…』
またもや俺を遮るかのように言葉を被せた彼女はいつもとは違う作り笑いをしていた。
「…久保‼︎‼︎」
俺は荷物を無造作に抱えて走り去ろうとする久保史緒里の腕を掴む。
『ッッ!何…⁉︎』
「なんで逃げようとすんだよ」
『別に逃げてなんかないよ』
「俺の返事も聞かずに」
『ま、また今度でいいから‼︎』
「今度っていつだよ。俺は今しかないと思ってる」
そう言って、俺は久保史緒里の体を抱き寄せた。
小さな頭が胸にとどまる。
『‼︎』
「…好きだから。好きだからお前を守ろうとしちゃうんだよ…」
俺は心の内を打ち明けた。
「お前がなんともない存在だったらあんな状況で普通庇うかよ。早く気づけバカ」
俺は久保史緒里の頭にコツンとゲンコツを落とす。心なしが久保も笑っているように思えた。
『…これって相思相愛ってやつ?』
「どーだろうな。お前の俺への愛の方が重そうだけど」
『そんなことないよ…』
「まぁ、一件落着?」
『ふふ笑○○がそう思うなら一件落着だね』
「史緒里の泣き顔イケてたよ」
『うっさい…///』
「最後に確認していい?」
『「好きだよ」』
『君の見る景色をぜぇーんぶ〜』
『僕のものにしてみたかったんだ』
『あぁ 君を忘れられんなぁ〜♪』
晴れた空に伸びやかな歌声が広がっていく。しかし、歌のチョイスが複雑な想いをつのらせる。
「…おい、まだホヤホヤなのにそんな歌歌うなよ」
『何?別れるのを想像したら寂しいわけ?可愛いなぁ○○は』
「そ、そんなわけ…ねぇし」
誰だって彼女が失恋ソング歌ってたら悲しいだろ?しかも付き合いたてって…。より不安と悲しみを増幅させるわ。
『てか、こんな晴天の中私たち以外にテラスで食べてる人いないんだね』
俺たちは今、学校の昼休みにテラスへ来ている。
そんなことを呟きながら弁当に箸を刺す史緒里。確かに、人はいない。だが、よく考えてみろ。カップルがいるテラスでお昼ご飯を食べようとする人間なんていないぞ。
「俺たちがいるからね」
『じゃあ、2人で貸切か』
「どこからも死角だからね。貸切以上に貸切だよ」
『○○やらしいこと考えてる』
「何言ってんだ‼︎健全な男子高校生だぞ」
『健全だからこそ、興味あるんじゃないの』
「んなことないよ。猿みたいなやつもいれば俺みたいに消極的なやつもいる」
『ふ〜ん』
興味ないなら言うなよ。でもこんな何気ない普通の会話が楽しくて心地よくて、俺たちの関係をより密着させてくれている気がする。
『あ、卵焼きじゃん。ちょーだい』
勝手に俺の弁当に箸を入れる史緒里。ごめん、母さん。いや、喜びべきことだ母さん。
『あ〜お腹いっぱい』
おじさんのようにお腹をぽんぽんと叩く史緒里。優良生徒とは思えない貫禄と雑さ。
「結構食ったな」
『まだ結構時間あるね』
「そうだな」
『じゃあ、愛してるゲームね』
「パス。ここは学校です」
『むぅ…じゃあ、ポッキーゲーム‼︎』
「お前にカップルがやるゲーム以外の引き出しはないのか?」
『ない。○○とイチャイチャすることしか考えてない。』
愛しすぎてくれていて怖い。付き合ったばかりの頃よりも愛が大きくなっている気がする。
「史緒里、俺のこと好きすぎじゃない?」
『当たり前じゃん。同じ名字が結びつけてくれた運命だよ。結婚しても変わんないね♡』
ちょっと…いや、めっちゃ怖い。
「素敵なご考えですね、史緒里様」
『既にお嫁にする準備が整っておられるようで?』
「あ〜はいはい。」
『おい!流すな!笑』
適当な会話を繰り広げていると、テラスの扉の方からガチャリと音がした。しかし、その音はすぐに閉ざされる音に変わる。
「そろそろ行こっか。俺ら迷惑だよ」
『なんかそんな気がしてた。私たちがいると入りずらいよね、みんな』
気づいてたんかい。そう思いつつも弁当を片付けて扉へと歩く。風もなく、ピクニック日和とはまさにこのことと言えるような天気だ。
『ねぇ、○○はさ』
後ろをちょこちょこと歩く史緒里の口が開く。
『久保じゃなきゃ良かった?』
は?俺は思わず聞き返した。
『だってさ、久保じゃなかったらさ、私となんかここまで仲良くなることなんてなかっただろうし、もし元々私以外に好きな人がいたのならその人のことを追いかけ続けられただろうし…』
急にモジモジして消極的になる史緒里が可愛い。
しかし、少し不安だ。ここまで来たというのに俺はまだ彼女に不安を覚えさせるようなことをしているのか。好きという想いを直接彼女に注いでいないのではないか?
「久保でよかったよ。史緒里しか俺は見てない」
そう言うと史緒里の表情がパッと明るくなった。ここまであからさまなのも珍しい。
そんな姿がとてつもなく愛おしくなって
史緒里にそっとキスをした。
『!!??』
「ほら、行くぞ」
俺が歩くと何も言わずに後をついてくる史緒里。
『一生離さんぞ〜』
その後、校内で有名になったのは言うまでもないか。
END
「
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?