見出し画像

長時間残業に陥った開発者

*ちょっと古い2000年代のケースです。その後、残業や働き方に法規制が設けられて、今ではこのような開発業務が行われていることは少ないかも知れませんが、このケースを通して不安が強く必要なことが言えない傾向が強い「回避性パーソナリティ」を理解して下さい。

 A氏、30歳男性、既婚で単身赴任、6年目の技術者。係長。A氏はある製品の設計を任されていた。A氏の今までの仕事ぶりを見て、上司B課長推薦での大抜擢であった。
 業界の慣習として、新規製品は前の製品に対して性能が向上していることが求められ、販売契約などは実際に製品が完成する前に結ばれ、製品の設計が終わる前には既に数億円単位での契約が結ばれるのが通例であった。


 生産が始まる3ヶ月前に、製品に決定的な欠陥が見つかった。目標の性能を出そうとすると断線が起きたり、製品が割れたりする確率が非常に高いことが判明した。それから、材料の調合を変えたり、導線の種類を何種類も試す必要があり、作業量が増えて残業が多くなった。
 この会社では、課長以上の管理職には派遣社員のサポートがつけられるが、係長のA氏は自分の作業は自分でやらなければならないという慣習があった。

*A氏の仕事は材料の条件を決めて、試作品を作成し、テストをしてその評価をすることです。実際には試作品の作成に時間がかかるために残業が増えています。試作品の作成とテストは他の人でも出来ることですから、仕事を分担していれば今回のケースは回避することが出来たはずです。それが出来なかった(しなかった)のは問題があります。

 上司のB課長は今までも多くの困難を乗り越えて、いくつもの製品を世に送っていた。今回のケースも材料の配合の絞り込みを丁寧にやれば解決できると思っており、それ程の大きなトラブルとは思っていなかった。それよりも、このトラブルをA氏が乗り越え、そして一流の開発者となってくれる試金石と考えていて、良いチャンスを与えていると思っていた。
 そんな時に、A氏の残業は100時間を軽く超え、150時間を前後する日々が続いた。勤怠が悪くなり、週に2回ほど遅刻をするようになった。それでもB課長は、「自分たちも、そんな時代があった。大変だったら何か言ってくるだろう」とA氏に任せきりだった。

*勤怠の異常が発生したときに、すぐに対応できていないことは問題です。自分たちが持っている「時代の価値観」は必ず変化します。

 B課長としては、本人が何か言ってくればアドバイスをする用意はあるが、こちらからA氏の開発業務に口をはさむつもりはなかった。それが開発者のマナーであると思っていた。

*その問題のひとつが「開発者任せ」です。このケースの後に開発会議を行い開発課員全員が関係するすべての開発案件の開発状況が把握でき、意見が言える組織にしました。

 この会社に長時間残業の産業医面接の制度はあったが、残業の制限をされたら製品開発に影響が出ると思い、A氏は残業時間を過少申告していて、そのことはB課長も知っていた。

*今、このように残業時間のごまかしはほとんどの会社で出来ないようになっていますが、B課長の「黙認」は許されることではありません。

 そんなある日、A氏が朝起きたら体が動かなかった。自分でもどうしたんだろうと思うが、布団から起き上がるのがやっとで、会社に体調不良の旨を連絡して、休むことにした。そして、その後、奥さんに携帯電話のメッセージで、「俺、ダメになりそうだ」と知らせた。心配した奥さんから会社の同僚に連絡が入り、その後、B課長に伝わり、B課長がA氏の自宅を訪問し、憔悴しきった本人を見つけて、病院へ連れて行って入院させた。

*本ケースでは、うつ病の発症で済みましたが、場合によっては自殺案件となった危険性があります。

 A氏が復職する時に産業医面接をおこなった。A氏はこの製品が完成するとは思えなかったと言っていた。実際には、3ヶ月後に稼働するための製造ラインは既に機械が発注され、工場で設置される場所も決まり、製造部の係長が他の工場から異動することが決まっており、採用も30人規模で行うことになっていた。
 それでも自分が仕様を決められていないことが苦痛でしょうがなかった。しかし、それをB課長に言うとどのように叱られるかと思うと言い出せず、相談できなかった。

*「完成するとは思えなかった」と上司に伝えなかったA氏には社会人として問題があります。その根本にあるのが「回避性パーソナリティ障害」でしょう。しかし、一方で「叱られる」と思わせるB課長のキャラクターにも問題はあるかもしれません。

 一方で、B課長からしてみると、必要のあることは申し出るのは当たり前だし、そんなプレッシャーがあるのは開発をする現場では日常茶飯事でA氏の言うことが理解できないと思っている。

*もしも、B課長が回避性パーソナリティの傾向を持った部下がいる可能性があると思って日頃から接していたら事態は全く変わっていたかも知れません。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?