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「一時帰宅」難病になった喜劇作家の"再"入院日記14

某月某日

「車椅子で乗れるわけないでしょうがっ!」

運転手からの怒声に頭が真っ白になる。平謝りする妻を横目に私はただ呆然と立ち尽くすだけ。

   *

今日は外出許可が出て初の一時帰宅。昨晩から不安とワクワク感で、寝不足気味。外に出られる喜び。家に帰れる喜び。1歳9か月の息子と会える喜び。少しでも長い時間楽しみたいと、妻には面会開始時刻の朝10時に来てもらう。大きな酸素ボンベを抱えて、いざ出発。その矢先。タクシー乗り場での出来事だった。

「車椅子はトランクに入りません。いいですか? トランクが閉まらなきゃ、こっちが警察に捕まっちゃうんです。常識でしょうがっ!」

常識も何も、こっちは今日が初めての車椅子外出なんだ。いたわってくれとは思わないが、その言い方! 金八先生のモノマネっぽいその喋り方も!

いったん病院内に戻り、介護タクシーを検討する。しかし、予約が必要で今からだと大幅な時間ロス。不貞腐れた私が、今日の外出は止めようかと切り出すと、妻がもう一回違うタクシーに聞いてみる、と飛び出していった。

結果、乗せてもらえることに。トランクは開かないように紐で固定すればOKらしい。その運転手さんはよく病院から人を乗せているらしく、車椅子のお客さんも多いので、いつもロープを持参しているそうだ。この方の配慮の良さに助けられる。今後、外出自体を控えるようになっていたかもしれなかった。

   *

自宅に到着し、待っていたジジ・ババ(義父母)、息子と再会。さっそく、お気に入りの絵本『ぶぅさんのブー』を読んで、とせがんできた。酸素供給をアップして全力で応える。

その後も、息子はパパを喜ばせようと、お昼寝もせずにたくさんおしゃべりしてくれた。言葉はまだ拙いけれど、目を合わせてゆっくり心を通わせる。

妻の育成方針で、トイレしている姿を子供にも見せる、らしく、それに慣れた息子が、私がトイレにたつと同時に追いかけてきた。

股の間から覗き込んでくる息子の目と、開け放たれた扉のすぐ向こうに義父母がいるというプレッシャーを感じながらの×××。なんだこれ。「おおきいのでたね」喜々として水を流す息子と笑顔でグータッチ。なんだこれ。しかし妙な話だが、これでより親密になれた気がした。

ようやく息子が寝て、皆で今後の生活を話し合う。必要な介護グッズ。ベッドをどこに置くか。洗面所にも座れる場所があった方がいい……。お金もかかるし、妻にはホント迷惑をかける。現実は、嬉しいことばかりではない。

あっという間に病院に戻る時間。爆睡している息子を起こさないように、寝顔を見つめていたら、妻からポツリと、『ぶーさんのブー』のラストシーン、子供がパパとママと両手をつないでブランコのようにぶーんと空中に浮く場面。そこが好きでいつかパパにやってもらいたいんだと聞かされる。

   *

午後五時半。義父母に車椅子を引かれて家を出る。これもまた複雑な気持ち。病院に戻ると、夜勤明けのはずの主治医が帰りを待っていてくれた。

これから。否が応でも、私は多くの人に迷惑をかけて生きていく。受け入れられず、傷つくこともあるだろう。でもね。メンタルを強くして、たくさんの善意に感謝して、生きのびてやるんだ。息子にブランコぶーんするまで。いやもっと。彼がその手を離れ、一人で空に飛び立つまで。絶対、僕は死にましぇーん! ってな。

朝のタクシー運転手の顔が浮かんで、怒りがぶり返してきたが、眠気の方が勝った。ベッドに入るや、すぐに幸せな夢の中に落ちる。ZZzzzz……





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