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あの日、父が吸った煙草はどんな味だったろう。

朝、妻子を送り出して一時間もしない頃。
洗濯物を干していると、職場についた妻から一報。
五歳息子が園で毛虫に手を刺されたという。
赤く腫れ痛みがあるので、皮膚科の病院に先生と向かったと。

外気の冷たさもあってゾクッとした。
どのくらいの怪我なのか。息子は泣いてないだろうか。
以降の作業も手付かずで、気付くと「毛虫 刺され」を検索している。
この胸のゾワゾワは何。自分が怪我した方がまだいいな。

数年前、私が難病診断を下され、実家に伝えたとき。
父は禁煙していた煙草を隠れて吸い始めたという。肺がん治療中だったにも関わらず。
うちに煙草はなかったので、冷蔵庫にあったハーゲンダッツを食べた。味はしなかった。
昼に第二報が届くまでの長さよ。

結果、大事には至らず済んだよう。

夕方、帰ってきた息子の顔を見ると元気。
もう痛みもないと言う。
夕食前に「残してたアイスを食べる」と言い出し、ないと分かった時の方がたぶん激しく泣いた。


朝露や取り出す止めてゐた煙草

(あさつゆやとりだすやめていたたばこ)

季語(三秋): 露、白露(しらつゆ)、朝露、夜露、露の玉、露けし、露時雨、露葎(つゆむぐら)、芋の露

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