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【R15指定】「まるだし」~難病になった喜劇作家の"再"入院日記5

某月某日

朝食を食べ終わってまったりしていると、看護師が来て「オシモアライを」と言われた。

絶対安静を通告され、尿瓶で用を足すようになってから覚悟はしていた。していたけれども、いざとなると緊張する。抵抗を感じる。申し訳ない。ぶっちゃけ恥ずかしい。もし反応しちゃったら……。自意識過剰が働きだす。

こっちは患者。向こうも仕事だ。お互い乙女じゃあるまいし。恥ずかしがったって仕方がない。よおし受けて立つ! と、パジャマのズボンをずらしパンツを脱ぐ。堂々と丸出しで寝そべってその時を待つ。作業が始まる。

威勢とは裏腹に、気になってちらっと下を盗み見る。私のアントン(闘いのときはアントニオになる)は、いつもより緊張してるのか、草むらの茂みに隠れるように身を潜めていた。初老の戦士だが、そういうとこ、けなげ。

30分とも思えた1分が終わってホッとしていると、別の看護師がきて「下の毛を剃らして」と言う。前回のこともあって()、血漿交換のカテーテルを首からでなく、鼠径部(そけいぶ・股の付け根)から挿入するためらしい。自分でやりますよと提案するも、いやいやあなたは動いちゃだめよ、と却下される。

「ちょっと剃りづらいので横にずらしますよ」

「あ、ごめんなさい」

日常会話程度しかしたことない人に、突然、自分の恥ずかしい部分をさらけ出し、無造作にいじられる。こんなことってあるんだな。恥ずかしかったけどこれも入院経験の一つ。日記にどう書こうかな、と考えていたら、こんなのまだほんの序の口に過ぎなかった。

  *

昼から血漿交換が開始。主治医がカテーテルの針を鼠径部に刺す、その様子を見学しに、彼女を慕う後輩の医師や学生のインターンが続々と治療室に集まってくる。総勢8名。え? 確かに見学OKしたけどこんなに? 

「たくさんの人に見られて緊張しちゃうわ」

って、いやいやそれこっちの台詞だから。確かに皆が注目してるのはあなたの繊細な手技かも知れないけど、そのすぐ横に私のデリケートもあるから。

8×2……16の瞳が一斉に向けられる。固唾をのんであそこを凝視された経験、あなたはありますか? 草を刈りとられ、隠れる場所を失ったアントンは、慣らし保育の2歳児のように、震えて小さくうずくまっていた。

途中、針が抜けてしまい、左の鼠径部に変更するため、上記のくだり(剃毛~針挿入)を、もう一度繰り返すことになったときは、なんか罰ゲームみたい、と口に出してしまった。この状況を逆に楽しめないかと考えてはみたが、羞恥プレイは経験を経て悟れる領域。素人の私にはどだい無理な話だ。

長い治療が終わり、止血のため、右と左の股の付け根をそれぞれ押さえられる。奇しくもまた女性。黙々と20分間。シュールな光景だった。

一度だけ、その状況に耐えられなくなったか、若い方が「先生はどうして医者に?」と質問したが、「それ今聞く?」と一刀両断されて、そのあとはずっと無言だった。私も、そりゃそうだな、と思ってずっと壁の時計の針を見つめていた。

  *

3時間とも思える20分が終わって、一人、治療室に残される。やけに下の方がスースーするなと思ったら、いつの間にか掛けられてたガーゼがずり落ちて、完全まるだし大バーゲンになっていた。

所在なく、一段としょんぼりしているアントンが目に入る。一日ずっと小さくなっていた彼をねぎらおうと、「おつかれさん」の言葉をかけた。それが思いのほか、渡哲也に聞こえておかしくなり、♪松竹梅~のフレーズとともに、「梅ですみません」と付け足した。笑えた。


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