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愛読書はユング心理学。銀行員から転身した僧侶のカルチャー遍歴とは【築地本願寺宗務長が語る仏教との向き合い方①】

銀行員からヘッドハンター、そして築地本願寺の代表役員へとユニークな転身を果たした安永雄玄宗務長。ビジネスマン時代の経験をもとに、築地本願寺でも多数の改革を行う様子は、異色の僧侶として多数の脚光を浴びています。なぜ、第一線で活躍するビジネスマンから「僧侶」への転身を図ったのか。その素顔に迫るべく、まずは、幼少期から安永氏が抱き続けてきた、その興味の源泉をひも解きました。

推理小説やSF小説を愛読していた少年時代

――今回は、安永さんが僧侶という選択肢に辿り着くまで、どんなことに関心を抱いていたのかをぜひ伺えればと思います。まず、少年時代はどんな風に過ごしていましたか?

安永 本を読むのが好きでしたね。中学1、2年生のときは、島崎藤村やゲーテを読んでいました。あとは、当時流行していた松本清張の作品をはじめ、推理小説もよく読んでいましたね。コナン・ドイルのシャーロック・ホームズシリーズは、ほぼ全部読みました。あとは、SF小説も好きでしたね。

でも、いろいろな本を読むなかで、特に心惹かれたのが、心理学や精神分析の本でした。当時は、心理学者の宮城音弥さんが、岩波新書で『精神分析入門』を出版して話題になっていたんです。その頃から、北杜夫やなだいなだ、加賀乙彦などの精神科医が書いた本や、海外の精神科医が書いた翻訳本などをよく読むようになりました。

精神分析入門

宗教への興味が高まった『日本人とユダヤ人』

――なぜ、人間心理に惹かれたんでしょう?

安永 ひとつは、「なぜ、この人はこういう考え方をするんだろう?」という相手に対する心理への興味です。もうひとつは、自分の内面への興味ですよね。自分を客体化すると、客観的な考察の対象になりますから。人間の心の成長や人による物事の捉え方の違いなどを知ることがおもしろかったんです。

――宗教への興味を持ち始めたのはいつ頃だったのでしょうか?

安永 高校時代です。僕はちょっとマセた学生だったので、『諸君』や『世界』、『中央公論』の総合雑誌を通じて、当時の文化人が書いたものもよく読んでいました。そのなかでも、特に興味を持ったのが『日本人とユダヤ人』というベストセラー本を書いた山本七平さんの本です。その本を通じて、「宗教って、こんなにおもしろいのか。勉強してみるのもいいな」と思ったんですよね。

書籍


人間心理への興味が高じて、医学部を志すも受験に3回失敗

――精神医学や宗教に興味を持っていたのに、大学時代は経済学部に進まれています。心理学や宗教学を学ぼうとは思われなかったんですか? 

安永 もともとは文系志望だったのですが、読書体験をきっかけに人間心理や精神医学に関心を持つようになって、医者を目指して、医学部受験に転向したんです。ただ、国立の医学部を目指して大学受験したものの、残念ながら、僕はあまり数学ができなかったんですよね。なんと3回も失敗してしまって……(笑)。

3浪するか迷ったとき、周囲から「さすがに3浪すると就職口がなくなるぞ」と言われたので、じゃあ医学部は諦めようと決めました。そこで、3回目の受験時にすべり止めとして受けて、合格が出ていた慶應大学経済学部に入学したんです。

――慶應大学は、すべり止めだったんですね!

安永 こんな話をすると「慶應大学がすべり止めなんて、嫌味なやつだ!」と良くいわれるんですが、慶應大学の経済学部の入試は、英語と数学と小論文しかなかったんです。だから、医学部受験対策で数学を集中的に勉強していた僕には入りやすい学部だったんですよ。ほかの学部だったら、入れていたかわからないですね。

慶応

慶應大学時代の安永氏(右から2番目)。

実は非常に濃密な人間関係で成り立っている銀行業

――大学に進学してからも、人間心理には興味を抱き続けていたんですか?

安永 大学時代も、人間の在り方や人間心理への興味は持ち続けていました。経済学部なのに、心理学者のユングの書いた本を原典で読む原書講読の講義も取っていましたしね。とはいえ、そんな授業を取る人は3~4人しかいないので、ほぼ先生とマンツーマンの講義でしたが、おもしろかったです。

――大学卒業後は、三和銀行(現・三菱UFJ銀行)に就職されます。銀行を選んだのはどうしてだったんでしょうか?

安永 これも偶然なんです。僕が就職活動をしていた1979(昭和54)年は不況の年で、慶應大学の学生でも3~4割は内定先が決まらない就職難の時代でした。そんな折に、僕の大学のゼミの先輩が三和銀行の人事にいたので、その人に誘われて三和銀行に入りました。

三和

三和銀行に入行した当時の安永氏。

――宗教や心理学と、銀行員のような数字の世界は、一見正反対のように思えるのですが、ご自身のなかで違和感はなかったのでしょうか?

安永 意外と知られていないんですが、銀行業ってすごく濃密な人間関係の中に成り立っているんです。特に、僕がいた時代の昔の三和銀行は、貸し付けを決定する際は、相手の人物をすごく重視する方針がありました。どんなに財務諸表がよくても、社長個人の資質が信用ならないと思えば、お金は貸さないんです。

だから、「この人は信頼できる人かどうか」については、初対面の時の感覚を非常に大事にしてました。意外と当たっているのが、最初にその会社に入ったときの玄関の印象です。すごくきれいに整えられていても、どこか違和感を抱いたら、やっぱり失敗するんです。この感覚は新人時代から叩き込まれました。

河合隼雄の著書を通じて、「夢」に対する興味を抱く

――では、銀行員という仕事も「人間観察」という点では、人間心理への興味と通じる部分も多かったんですね。

安永 社会人として働きながらも、人間心理への興味は持ち続けていて、関連本を読み続けていましたね。特に当時はユング心理学の権威である河合隼雄さんの本が話題になっていて、僕もよく読んでいました。

なかでも面白かったのが、『明恵 夢を生きる』という本ですね。鎌倉時代、華厳宗の僧侶に明恵(みょうえ)上人という人物がいるんです。この明恵上人は自身が見た夢を19歳の時から記録し続けいて、その記録は『夢記(ゆめのき)』として現代にも残っています。その『夢記』について河合準雄さんがユング心理学の見地から分析しているんです。千年近くも前の時代を生きた人の夢から、人間の深層心理が導き出される様子がとても印象深くて。こうした本を通じて、人間の深層心理や人生哲学や死生観、そして宗教にもますます関心を持つようになりました。

明恵


なぜ、優れた経営者は宗教や人間心理に興味を持つのか?

――経営者をはじめ、優れたビジネスマンの方は、宗教や人の深層心理に興味を持つ方も多いですよね。

安永 経営の世界は、不確かさに直面することが多いからですね。「こうしたら成功する」という完全な情報は手に入らないので、常に右に行くか左に行くか、買うか買わないか、投資するかしないかの判断を迫られる。その判断が失敗したら会社は損するし、下手したら破産してしまうわけです。これは、いわゆる「賭けに挑む」のと似たようなものですよね。こうしたギリギリの決断をする上では、やはり何かに頼りたくなるものです。

だから、経営者には敬虔な信仰を持つ人はものすごく多いです。歴史を見ても、徳川家康に天海僧正という僧侶がついていたように、特にギリギリの決断をして生き残ってきた人ほど、信仰を持っている人の割合は多いんじゃないでしょうか。

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