見出し画像

DX戦記 新規事業開発編(12)研究者の反乱! 技術が蔑ろにされていて我慢ならない! 中編

池「大沢さんに話を聞いてきましたけど、コンサルの進め方が良くないとか、システム開発している外部ベンダーの能力が低いとか色々言ってました。オフィシャルな会議で発言してよって思いましたけど」
川口「池さん、聞き出してもらってありがとう! 大沢さんはコンサルが良くないっていうけど、事業開発において我々が彼らよりさらにダメダメだから伴走支援を頼んでいるんだけど、そこらへんわかってないんだろうなぁ〜」
守くん「スヌーピーも言ってますけど、配られた手札でどうにかする方法を考えていくっていうマインドじゃないと何も前に進められないですよね」
寺「スヌーピーってそんなこと言っているんですね……! 深い!」

周囲と距離をとっている大沢さんから具体的な不満を聞き出すために、大沢さんと一緒にシステムを見ていた池さんにヒアリングをお願いして、結果を伝聞形式で共有してもらいました。結果としてコンサルや開発ベンダーへの不信感など様々な不満があることがわかってきました。

守くん「これ、僕が技術系出身なのでなんとなくわかりますが、技術でビジネスしているっていう意識があるのかもしれませんね。実際には、その技術をビジネス価値に転換するビジネスモデルだったり、コストを最小化するサプライチェーンマネジメントとか、ビジネス観点の設計があるものですけど、そこらへんの重要性とかバランスとかが伝わっていないというか……」
池「わかります〜。そもそもビジネスは技術だけで語るべきものじゃないですし」
川口「事業部門にいるとそこらへんは嫌でも知ることになるけど、技術系だとなかなか知る機会がないものですかね」
守くん「ですね〜。今回の話で言うなら、ここずっとマネタイズモデルや法令対応、営業戦略・体制とかアトラスをビジネスとして運営するための検討を進めてきていたわけですけど、研究者から見ると技術開発が蔑ろにされているように見えるわけです」
寺「バランス感覚が大切ですね」
川口「まあ、新規事業に限らない話だけど、事業に関するスキルも経験も理解度も違う人たちが集まって事業をやるわけだから、事業は一つでも見える風景が違っているんですよ。事業をやるってことはそういうメンバーのばらつきも考慮していかなきゃいけない。今回の大沢さんが特別な外れ値というわけじゃなく、JTCで事業化支援をしていく中で必ずぶつかる問題なんだと思います」
守くん「JTCの社内でまとまらないと事業なんてできないですから、目線を合わせに行きましょう……!」

同じJTCの社員で、同じ事業をやっていたとしても、みんな同じビジョンを見ているわけではないーーその事実は、DX推進活動を数年間続けてきた守くんにとって再現性のあるものでした。以前読んだ”サピエンス全史”の中で、著者のハラリ氏は人間は虚構を信じることができる能力を持っていることで他の生き物と違って団結することができる、と述べていたことを思い出しました。ここでいう虚構というのは、ビジョン、つまりみんなが共通して目指すもののです。

信じるべき虚構、つまりアトラスの事業が目指すビジョンを、大沢さんを含めたみんなで共有しよう。守くんはそう考えましたが、肝心のビジョンが明確には言語化されていなかったことに気づきました。ローンチ審議会まであと2週間とちょっと。ビジョンの言語化と共有をなんとか進める必要が有りました。


守くん「本日はお集まりいただきありがとうございます! ローンチ審議会まで残すところあと少しになりましたが、このタイミングで皆さんの思い描くこの事業のビジョンを言語化する時間をいただきました。この事業には様々なバックグラウンドを持つ方が参加してくれています。この多様性のあるメンバーがローンチまで一丸となって前に進んで行けるように、目指すビジョンを形作って共通認識を作っていきたいと思います」
池「それでは各テーブルの小チームごとに分かれてください〜」

問題の本質は大沢さん個人の問題ではなく、事業メンバー全員の目線があっていないことが種々の問題を生じさせている原因になっているーーそう考えて守くんはサービスのビジョンを決めるワークショップを事業メンバー全員で実施することにしました。全員の意見や見方をきちんとテーブルに上げることで、きっと僕たちは前進できるはず。その信念を胸に、守くんはファシリテーターとしてワークショップを進行して行きました。

大沢さんは端っこの方の席でどこか諦めたような、興味がなさそうな様子で座っていました。これまで何度もファシリテーターをやってきた守くんはこういう態度の参加者を何度も見てきましたので特段絶望することはありませんでした。逆にこういう姿勢を自分で気づいて変えてもらい、同じ方向を向いて一緒に歩んでもらうために、ワークを成功させようという気持ちが高まってきました。

守くん「本日のワークは以下のように進めていきます。まず思考枠を広げ、その後に各人の事業を通じて解決したいことや大切にしたいことをブレストしてもらいます。その後に、全体で共有して、この事業を通じて実現したいことのビジョンを作っていきます」

  1. この事業領域を取り巻く環境や世の中の課題を紹介

  2. この事業で解決したいこと、大切にしたいことのキーワードをブレストする

  3. ブレスト結果のグルーピング、全体共有

  4. ビジョンステートメント(ビジョンを言語化したもの)を作る

このワークショップの設計はCコンサルのメンバーにも協力してもらって、短期間ながらしっかり設計して望みました。ときに2つ目のブレストはアイディアがちゃんと発散するように適切な切り口を与えるだけではなく、メンバーの意識を活性化させるために小チームの中でのコミュニケーションをしっかり取って貰う必要があります。各小チームには議論の火付け役としてトレイルブレイザーズのメンバーが1人以上入るようにしました。

そして事前の綿密なチーム分けの議論の結果、大沢さんの小チームには池さんが配置されたのでした。


池「事業で解決したいこと、大切にしたいキーワード……何か思い浮かびます? 大沢さん〜」
大沢「……安心とかですかね、保険ですし」
池「それはありそうですね〜。付箋に書いておきましょう。他にはそうだなぁ、農家さんが働きやすくなって人が増えたらいいですよね〜」
大沢「農業って天候に左右されやすい不確実なものなので、そういうのをJTCのデータの力で解決したいですね。もともとのアトラスのコンセプトはそういうものでした」
池「あ〜、農業の不確実性を解決する、JTCの技術でって感じですね。いいと思います。大沢さんがやっていたのって、データを使った収穫量の推定アルゴリズムでしたっけ?」
大沢「そうです。精度の高い推定ができれば農業の不確実性を下げることができるんじゃないかと」
池「なるほど〜。データで未来を読む、的なのも一つのキーワードかもですね」
大沢「でも、今は全然そういうことしてないですよね」

棘のある発言が出てきた! 守くんは池さんと大沢さんの会話を横耳で聞いていました。予想通りです。そこで守くんは次のアナウンスをすることにしました。

守くん「キーワードについて一通りのアイディアは出てきたと思いますので、新しい切り口として、半年前まで意識を遡ってアトラスのアイディアが生まれたきっかけや、はじめにこのビジネスの内容を聞いて思い描いた事業が社会にどう貢献しているかイメージを共有していきましょう! そして、そこから事業を通じて大切にしたいと思う価値観を探して見ましょう」

池「そういえば大沢さんは、どんなきっかけでアトラスの事業を思いついたんですか?」
大沢「きっかけ……、特にないです。保険に使えそうなアルゴリズムを思いついただけで」
池「なるほど〜。でも保険ってメジャーじゃないっていうか、なかなか思いつかなくないですか? あたしが初めて聞いたとき、そもそも保険の事業って何って感じだったんで、事業を思いつく前になにか保険に思い入れとかあるのかなって感じて」
大沢「……本当に特には思いつかないですが、……強いて言うなら祖父が農家だったんです。子供の頃、夏休みによく遊びに行って話を聞いていて。台風で作物がだめになったり、そういうのを見てきたので」
池「もしかしたら、そういう原体験にヒントが有りそうですね」
大沢「農業経営って自分でどうしようもないリスクが多いんです。天候や害虫・害獣など、いろいろな要因に左右される、そんな祖父の様子を毎年見ていました。池さんに言われて気づきましたけど、確かにアトラスのアイディアを思いついたのはそういう経験からきているのかもしれません」
池「やっぱり最近、農家さんが減ってきてたり、若手の農家さんが出てこないのって、そういうところのリスクが大きいせい?」
大沢「もちろん人間関係とか、他にも色々あると思いますけど、リスクがあって安定しない職業っていうのが今の状況の根底にあると思います。大学で農業を専攻したのはそこに興味があったからなんです。……良い保険があればそれを改善できるって」
池「すごい! めっちゃ繋がって来てますね」
大沢「農業は複雑系なので、在学中はなかなか実用に足るアルゴリズムはできませんでしたが、最近になって機械学習の技術が進歩してきて、農業研究所の過去のデータを使うことで高い精度でリスクを予測できるようになって、それで事業のアイディアを思い付いたんです」

事業アイディアの原点は、大沢さんの原体験の中に有りました。そして、そこで達成したいことは、現在のアトラスの提供価値と一致しています。大沢さんの不満は技術のところにあるようでしたが、目指している方向や大切にしたい価値観のイメージがズレているわけではないことに、守くんは安堵しました。ビジョンの方向が合っているなら、このワークは成功させることができる!

経験も、視座の高さも、視点も異なるメンバーで構成されたこの事業化チームでも、同じ方向に歩んでいける、その糸口が見えてきました。

つづく

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?