デザインにおける身体性の意義

武蔵野美術大学 大学院造形構想研究科 クリエイティブリーダシップコース クリエ イティブリーダシップ特論 第6回 古賀徹先生(2020年6月22日)

 クリエイティブリーダシップ特論・第6回の講師は、九州大学芸術工学研究院の古賀徹先生です。
 昨年「デザインに哲学は必要か」(武蔵野美術大学出版局)を上梓された古賀先生は哲学がご専門で、「ポストインダストリアル時代のデザインとリーダーシップ」についてご講義いただきました。

 自分なりに理解した要点は、以下の通りです。
・ 工業化以前のデザインの概念は、機械論(形式を概念化する;外→内)と有機論(概念を形式化する;内→外)の2つの流れにより成り立っていたが、合理化・効率化が要求される工業化時代以降は有機性が忘却されつつある
・ 工業化社会が限界を迎える中、新しいものを生み出すためには工業化以前のデザインの概念に立ち返ることが必要。
・ 工業化以前のデザインでは、機械論における判断は目(観察)、有機論における判断は手(構想)で行われており、身体性が重要な意味を持つ。
・ 有機論の流れで重要になる「構想」力とは、遠く離れたものから解決の鍵(第三項)を見出す能力であり、「構想」は身体性によって内側から生み出される
・ ポストインダストリアル時代には、知性優位・管理型(ゴーン型)のリーダーではなく、身体性優位・助力型のリーダーが求められるようになるであろう。

 非常に興味深い切り口で、これまで自分が取り組んできた仕事での経験に当てはめてみても、いろいろ思い当たる節があります。

 1つは、金融機関に勤めていた頃の経験です。

 計12年半の銀行勤務時代には、退職前の3年9ヶ月、ベンチャーキャピタルに出向してベンチャー企業への投資を担当しました。
 そこでは、銀行本体で経験した融資判断と全く異なる判断が求められることに気付かされました。融資判断は過去の実績を主とした数値分析を中心に機械論的に行われ、有機論の入り込む余地はほとんどありません。資金の回収は相手方である融資先から行われるので、融資先を徹底的に分析することが基本になります。
 ところがベンチャーキャピタルの投資判断は、そうはいきません。
 なにしろ実績と言えるような過去の数値はないし、新市場やニッチ市場に挑戦するので市場予測のデータもありません。資金の回収は相手方は、投資先ではなく将来株式を売却する市場なので、マーケット感覚も求められます。結局のところ、目の前にある会社(多くの場合社長+数名の人と、開発品か試作品くらい)から判断を導くしかなく、そのためには会社に通う、あとは社外の関係者に会って話を聞くくらいしか方法がありません。判断の決め手は、「この会社はいけるだろう」という成功のイメージを持てるかどうかです。稟議を通すためになんらかの数字は用意しますが、実質的な判断は多くを身体性(観察する、足を運ぶ、将来像をイメージする)に依存するものでした。
 そして、投資をした後も会社に通い、足元の実績も確認はしますが、より多くの時間を割いたのが、この先どうするかという「構想」に関するディスカッションです。
 今にして思えば、あの3年9ヶ月は、身体性を鍛えるという意味で重要な期間であったのかもしれません。

 もう一つは、20年近く取り組んでいる知財関連の業務です。

 弁理士としての主な業務である特許や商標の出願代理は、極めて分析的・客観的で、機械論の流れに沿った仕事です。抽出した概念を正確に言語化したものが成果物で、有機論の流れで「構想」するプロセスは基本的に生じません。
 その一方で、約10年前から行っている、中小企業が自社の知財(特許等より広義の「自社に固有の要素」といった意味での知財)を活用したビジネスモデルを考えるワークショップ(知財塾)をコーディネートする仕事では、その会社に固有の知財をインタビューや会社訪問によって抽出するプロセスに加えて、その知財を活かしてステークホルダーとどのような関係を築いていくかを「構想」して、一枚の図にとりまとめる作業に取り組みます。
 ここに有機論的な流れが加わるわけですが、これをブラッシュアップしてリードしていくためには、観察力・構想力の基盤となる身体性を高めていくことが求められるのでしょう。

 このあたりは自分の研究テーマに直結する話でもあり、この大学院で学ぶ意義や方向性を確認するとともに、デザインを考える際のフレームワークも得ることができて、大変参考になりました。
 古賀先生、興味深いご講義を有り難うございました。

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