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サラリーマンでなくとも「ビーフン東」新橋

美味しいビーフンの店、と言われると、なんだか砂漠に浮かぶ蜃気楼のような、解答のない現代アートのような話に聞こえる。誰がそんな店を望むのだろうか。そんなものを望むのは、瓶ビールで一杯飲みたい会社員くらいのものだ。

そして、ビーフン東に夕刻出かけると、店内の9割9分がサラリーマンと、サラリーマンだったらしい人たちで埋め尽くされている。ここのビーフンは本当に瓶ビールに合うのだ。

ビーフン東は、新橋駅直結の駅ビル2階、結構な広さのスペースで営業中だ。サラリーマンの街新橋、というと聞こえはいいが、新橋駅の地下街からこちらの古い駅ビルに歩いて進むと異常に濃い昭和の雰囲気が漂っていて、女性ひとりでは訪れにくいかもしれない。というより古めかしいビルの看板にドン引きか。しかし、二階にあるビーフン東までたどり着けたなら気分も変わるだろう。名物はビーフンとちまき。どちらも充実した夜の炭水化物ライフをお約束してくれるが、他店と違うところはごろごろ肉や野菜などの具がたっぷりで、飽きない・飽きさせない定番の味付けを守り続けているところだろう。聞けば終戦直後からずっと大阪、そして新橋に受け継がれているお店という。

台湾料理がベースとしてあるので、こちらの料理全般に塩気が適度に効いていて、アルコールにぴったり合う。一人で訪れるとビーフンとちまきでおなかがいっぱいになってしまうが、何人かで来たならば白菜の甘酢漬けや青菜の炒め物なども合わせて注文するとにぎやかになってよい。

ビーフンは「焼き」または「汁」で頼めるが、多くの人は焼きを頼んでいると思う。思ったよりも小ぶりな皿で提供されるが、食べ応えがあるのでご安心を。焼き、と言っても焦げ目がつくほどちりちりに炒めるのではなく、しっとりとスープ感が感じられる仕上がりになっている。白菜や人参の切り方だとか、シイタケの厚みだとか、ウズラの卵の乗っかり方だとか、さすがは数十年お客に愛されてきただけあって、様々な具が一皿の中で完全に調和していて、あとは口に入れるのを待っているだけ、という体で提供される。

中華ちまきは竹皮で包まれて、おなじみのしょうゆベースの味付け。なんといっても具沢山。お決まりのぎんなんがころころと可愛いらしく入っていてうれしい。ちまきの名店も数あるが、戦後間もなくから守り続けられている味だ。鉄板のうまさとボリュームである。ここでしか食べられない、といううたい文句がいまは人気となっているけれども、むしろ、ビーフン東の中華ちまきはここに来て食べたい、そんな懐かしさを感じさせる(地方発送可能だそうです。余計なことを言ってスミマセン)。

にぎやかなテーブル席や、個室の笑い声、酒瓶やグラスのぶつかる音を後ろに聞きながら、今にも皿がはみ出しそうな狭めのカウンター席で、瓶ビールを一本開ける。何席か向こうに、新聞を読みながらやはり瓶ビールとビーフンで夕餉のひと時を過ごすご高齢の男性をよく見かける。

定年後もビーフン東に通っている、というのかもしれない。

なんだか独居もいいじゃない。なんておせっかいなことを考える。



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