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『オペラ座の怪人』長い感想文ー1ー

 映画『オペラ座の怪人』でじたるりますたー版を観ていたく感動したので感想文を書きます。
 今回は、最初のオーバーチュアからクリスティーヌが初めて怪人の住処を訪れるシーンまでです。


 

Overture

 オークション会場に現れたよぼよぼ爺さんことラウル翁が、修復された古いシャンデリアの天井へ登って行く姿から若かりし頃を回想するようにして、本編に入ります。

 知っていても何度でもびっくり仰天するオーバーチュア。閃光とパイプオルガン(たぶん)の爆音でテンションがぶち上がります。
 クロード・ロランさながらの柔らかい陽光に輝くオペラ座。豪奢な内装と奈落の喧騒。画角に写っては消える主役脇役たち。曲が終わる直前、満を持してやって来るラウルは、ガウンと髪を靡かせながら立ち乗りで馬車を操り、芝居がかったヒーローの登場!ていうかんじで格好よろしい。
 これらが大仰な曲に乗って流れると、「さあさあ始まるよ!心の準備してね!」と言われているみたいです。ベストオブオープニング。

Think of Me

 さあさあ深読みも始まっていきますよ!

 「ハンニバル」という劇中劇でヒロイン、クリスティーヌが歌う "Think of Me"。
 昔別れた恋人へ向けたであろうこの詞が、幼い頃恋人同士だったラウルとの過去を含意していることは明白です。が、それだけではなくて、怪人との未来をも暗示しています。

"Imagine me tying too hard to put you from my mind"
(想像して。心の中からあなたを追い出そうと腐心するわたしのことを)

"There will never be a day when I won’t think of you"
(あなたのことを考えない日が来ることはないでしょう)

 これらの詞は、後にクリスティーヌが怪人の魅力の虜になってしまうこと、さらに作品には描かれないずっと先まで、クリスティーヌの心に怪人が棲み続けることになる未来を予言しているようにも読めます。

 原作のとあるシーンを彷彿させる箇所もあります。
 物語の終わりに、原作では、攫われたクリスティーヌを助けに来たラウルは拷問され気を失います。彼の命を救うために、クリスティーヌは他のすべてを諦め、孤独な怪人の妻として生きる運命を受け入れたような描写があります。その時クリスティーヌは一切口を開かず、淡々とラウルの看病をしていたと語られています。
 映画では怪人への口づけに集約されたシーンですが、

"think of me waking, silent and resigned"
(わたしを想って。目が覚めていて、静かで、諦めたわたしのことを)

の詞は、原作のこのシーンを歌っているようにしか私にはもう見えません。
 ただ "waking, silent and resigned" の主語が "me" なのか "you" なのかはちょっと分かりません。恣意的に解釈しました。これはネイティブも迷うところ?誰か教えて!

 曲中に怪人をちょい見せするのも好き好き。床の隙間を抜けて下へ下へと潜るカメラが、暗がりに天井を仰ぐ人影を捉えます。オペラ座を構成する表の人物たちを一通り紹介し終えた後に、「実はもう一人裏にいるよ、大事なキャラ」と教えてくれているようなあからさまな伏線みたいな演出が、華やかな曲中にさりげなく過ぎ去るのがクールです。

Angel of Music

 蝋燭がぼうっと灯るチャペルのシーンはどれも、影をまとう身体が暗闇に浮かび上がっていて、カラヴァッジョみたい。さては素行が悪く殺人犯でもあった画家と怪人とを重ね合わせた演出だな?

 という妄言はさておき、さらっと映るクリスティーヌパパの遺影は、舞台でラウルや怪人を幾度となく演じたRamin Karimlooという俳優さんだそうです。
 伝わる人には伝わる遊び心。ちなみに私には伝わりませんでした。YouTubeのコメント欄で知りました。知らんわそんなん!ピンと来た人ずるい!

クリスティーヌパパ遺影のRamin Karimloo


 ここの歌詞やチャペルについての深読みがこれまた捗ったのですが、他のシーンとも関連するので追い追い触れます。

The Phantom of the Opera

 Netflixで初めてこの映画を観た後は、このメインテーマをYouTubeで検索して、映画版も舞台版もコンサート版も飽きるほど視聴して、そしてちょっと飽きました。怪人のほとんど強迫的な扇動と、それに呼応して昂りに昂り高まりに高まる歌声があまりにも衝撃だったんだもの。
 今回の再上映で4回も観たし家でもアルバムを再生しまくっていたのでまたちょっと飽きました。

 という私事はさておき、クリスティーヌが怪人の手に導かれ鏡の中の廊下を進むシーンは、1948年版『美女と野獣』のオマージュだそうです。アマプラにあったので観てみたら、本当にまんまでした。
 分かる人には分かる演出。ちなみに私には分かりませんでした。YouTubeのコメント欄で知りました。知らんわそんなん!ピンときた人ずるい!

『美女と野獣』(1946年)


 エンドロールをぼーっと眺めていたら、Candelabra holder という項目にたくさんの名前が連ねられているのが目に入って、あ~あの腕の主たちか~と思うとなんだかちょっと面白かったです。

The Music of the Night

 クリスティーヌを初めて住処に招いた怪人が歌う甘い甘い夜の調べです。好きです。

"Turn your face away from the garish light of day"
(ギラギラした日の光から顔を背けて)
"Turn your thoughts away from cold, unfeeling light"
(冷たく無情な光から心を背けて)
"and listen to the music of the night"
(そして夜の調べに耳を傾けよう)

 現実から目をそらし、夜が繰り広げる光輝に屈するよう誘っています。あんな現実離れした空間でこんな耽美な歌を歌われたら私だって屈しちゃう。

"Let your spirit start to soar"
(魂が高みへ行けば)
"And you’ll live as you’ve never lived before"
(これまでと違う人生が始まるんだ)

 ここでは、一行目の詞で舞い上がった魂が、次の瞬間新しい世界に生まれ変わったような印象を、歌詞だけでなく後ろで流れている演奏からも感じることができるのもいいですね。

 曲の最初からずっと、「お前もこっち側に来いよ、夜の世界はいいぞ」って洗脳しているかのような怪人が、気を失ったクリスティーヌに

"You alone can make my song take flight"
(私の歌に翼を与えられるのは君だけだ)
"Help me make the music of the night"
(夜の調べを作る力になってくれ)

と、最後に人知れず哀願するように歌うのもいいですね。

 全体的にいいですね。歌詞のひとつひとつがいいですね。好きですね。


 続く。

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