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『ロンドン・アイの謎』こぼれ話

 今月12日ごろ、東京創元社から『ロンドン・アイの謎』(シヴォーン・ダウド)が刊行されます。
 この作品の内容や作者ダウドの経歴については、訳者あとがきにくわしく書いたので、刊行後にそちらを読んでいただくとして、ここではあとがきに書ききれなかったことをいくつか補足します。

 まず、『ロンドン・アイの謎』はわたしが東京創元社に企画を持ちこんだことがきっかけで刊行に至ったのですが、この作品の存在を知ったいきさつがちょっとおもしろいので、その話から。
 2017年の秋ごろ、わたしはダン・ブラウンの『オリジン』の翻訳を進めていました。そのころは朝日カルチャーセンターの翻訳クラスの有志といっしょに、ときどき読書会をやっていて、そこでは課題書をみんなで読むほか、原書でも訳書でもいいので、それぞれがお勧めの本を紹介する時間がありました。
 そのときのメンバーのひとりである山﨑美紀さんが紹介したのが "The Guggenheim Mystery" という本でした。グッゲンハイム美術館というのは、当時朝日カルチャーのクラスでも教材として扱っていた『オリジン』の冒頭個所に登場する美術館です。山﨑さんは新しく読む原書をいろいろ探していて、グッゲンハイムという名前に興味を持って読んでみたところ、おすすめできる本だと思ったということでした(ただし、『オリジン』に登場するのはスペインのビルバオにあるグッゲンハイム美術館で、こちらの作品に登場するのはニューヨークのグッゲンハイム美術館。どちらも同じ財団が運営する奇抜な外観の建物で、最先端の現代美術作品が多く所蔵されています)。一風変わった能力を持つ少年が美術品の盗難事件をみごとに解決する話ということで、わたしも聞いていて、なかなかおもしろいと感じましたが、そのときはそれっきりになりました。
 その後、訳者あとがきにも書いたとおり、2018年あたりからわたしはシヴォーン・ダウドの作品に夢中になり(『怪物はささやく』の映画がきっかけです)、当時出ていた訳書をすべて読んだあと、未訳の作品について調べてみたところ、ミステリーが1作あってタイトルが "The London Eye Mystery" であることと、別の作者がダウドの原案をもとに書き継いだ続編があることを知りました。さらに調べていくと、続編のタイトルが "The Guggenheim Mystery" であることがわかり、そのときはじめて、これは前の年の読書会で紹介された本だと思い出したのです。それを機に、わたしは2冊の原書を取り寄せて読み、少しあとに東京創元社に企画を持ちこんだというしだいです。つまり、読書会で勧められなかったら、この2作を企画として本格的に検討しなかったかもしれません。そんなわけで、この2作と出会うきっかけを作ってくれた山﨑さんに、この場を借りてお礼を申しあげます。
 なお、『ロンドン・アイの謎』につづいて、 "The Guggenheim Mystery" も今年の年末あたりに(おそらく『グッゲンハイムの謎』というタイトルで) 訳書が出ることになっています。そちらもぜひ楽しみにしてください。

 ところで、少し前にも書いたとおり(まとめはここ)、わたしは今年の5月にイギリスへ出向き、大観覧車ロンドン・アイに乗ってきました。大変な混雑で、乗れるまでに40分程度待たされましたが、ロンドンの街を一望できる貴重な体験ができました。願わくは『ロンドン・アイの謎』を訳す前に乗りたかったところですが、カプセルから失踪した少年サリムがどんな心境だったか、ちょっとだけわかった気分になったものです。


 観覧車と言えば、それを舞台とするとてもおもしろいミステリーが今年の5月に出たので、こちらもお勧めします。

 作者の朝永理人さんは、『幽霊たちの不在証明』で2020年の「このミステリーがすごい!」大賞優秀賞を受賞した俊英で、これが2作目になります。こちらは失踪の謎ではなく、6つの観覧車でさまざまな人間模様が展開して、どのカプセルからも目が離せないページターナーです。斬新な構成で、緩急のつけ方も巧みであり、すっきりした読後感が得られる快作でした(くわしくは書けませんが、わたしはみごとにだまされました)。
 朝永さんは福島県在住で、先日、エラリイ・クイーンの4部作を扱った福島読書会に参加なさって、鋭い意見を聞かせてくださいました。
 ぜひ『ロンドン・アイの謎』と合わせて読んでみてください。


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