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SIX WORDS の楽しみ (8)

 不定期連載「SIX WORDS の楽しみ」第8回です。今回が最終回。10年前に書いたものに少し加筆して再構成しています。第1回から第7回まではここにまとまっています。
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  Son belongs to Uncle Sam now. 

 女性による作品です。Uncle Sam は the United States と頭文字が同じであるため、アメリカ合衆国、もしくはアメリカ人を表す隠語としてよく使われます。そのように呼ばれるようになった起源については諸説あるのですが、米英戦争当時、戦地に納入されていた物資の箱に U.S. と焼き印が押されていたのを、兵士たちが冗談で「Uncle Sam からの届け物だ」と言いはじめたのが最初だという説が最も有力とされています。そんなこともあって、Uncle Sam はアメリカの軍の組織全体を象徴する隠語として使われることも多いようです。
息子はいま、サムおじさんのところにいるの」と言いながら、作者である女性の胸には複雑な思いが去来しているにちがいありません。

  Suicide attempt one year ago today

1年前のきょう、自殺を試みる」。これを最初に見たときは、あまりの率直さに驚いたものです。実は、ご紹介したいのはこの作品自体ではなく、これが投稿されたときにサイトに寄せられた励ましのコメントの数々です。印象に残ったものを以下に並べてみましょう。

 ・Glad you failed!
 ・Happy to have you here.
 ・I'm so happy that you're with us.
 ・I hope it is sunny wherever you are!
 ・sending peace
 ・Here's to many more anniversaries of this date.
 ・death sucks

 下から2番目は、"Here's to ~"という乾杯の決まり文句を使った、おしゃれで気のきいた言い方。
 逆に、最後のは強烈ですね。この suck は「くだらない」「むかつく」という感じの動詞。「"死"なんて、くそ食らえ」と乱暴に吐き捨てながらも、力強い励ましのことばになっています。
 みなさんだったら、この人にどんなことばをかけてあげるでしょうか? わたしもこれらのコメントを見て、ああ、こんなふうに言えばいいんだ、と感心したものです。こういうのはやはりネイティブではないと、なかなかとっさには出てきませんね。

  Skeletons, get back in the closet!

 このもとになっている慣用表現は "a skeleton in the closet"。closet の代わりに cupboard や house を使うこともあります。これは、他人には打ち明けられない家庭内の重大な秘密のことを指します。棚のなかに骸骨が隠してあったら大変ですからね。由来となる故事がいかにもありそうですが、諸説あって、どれが最初なのかはよくわかりません。
 たとえば、何かの相談事をしていて「お互い、正直に話そうよ」と伝えたいとき、もちろん "Let's talk honestly." と言っても意思は伝わりますが、"No skeleton in the closet." などと言えば、なかなか気のきいたやりとりになります。
 わたしが専門とする翻訳ミステリー出版の業界に、「本棚の中の骸骨」というサイトを運営なさっている編集者のかたがいらっしゃるのですが、これもこの言いまわしが下敷きですね。もっとも、この場合はほんとうに内輪の恥なのではなく、ご自身の担当なさっている本などの情報を紹介することを謙遜気味にそう表現していらっしゃるわけですが。
 最初の six wordsは「秘密の骸骨、棚にもどって!」とでも訳しておきましょうか。skeltons と複数形になっているので、発覚してしまった秘密がいくつもあるのかもしれません。

  Table turkey is Thanksgiving flak jacket. 

 11月ごろになるとThanksgiving Day(感謝祭)をテーマにした six words がたくさん投稿されます。神の恵みに感謝する祝日である Thanksgiving Day は、アメリカでは11月の第4木曜日(カナダでは10月第2月曜日)にあたり、多くの家庭で七面鳥を食べることから Turkey Day と呼ばれることもあります。
 日本でもほぼ同時期に勤労感謝の日がありますが、時期が一致するのはどうやら偶然のようです。勤労感謝の日は、趣旨としてはむしろ Labor Day (9月第1月曜日)のほうが似ていますね。
 上のsix words は「食卓の七面鳥は感謝祭の防弾チョッキ」という感じでしょうが、何が言いたいんでしょうね。とりあえず七面鳥を出しておけば文句を言われないということかと最初は思ったのですが、Thanksgiving Day は全米でフットボールのイベントが多くおこなわれるため、テレビであれ、家のなかであれ、ボールが飛び交うさまをコミカルに描写したのではないかという気もします。

  First date. We mate. She's late. 
  
 ちょっときわどいのですが、これには大笑いしました。見てのとおり、3つの文が date、mate、late で終わっていて、きれいに韻を踏んでいます。First date はそのまま「最初のデート」ですが、2番目と3番目は少しむずかしいかもしれませんね。
 mate はもちろん「友達」という意味の名詞ですが、動詞としては「仲間になる」ということです。ただ、これは人間以外の動物に関して使われることが多く、その場合は「つがいになる」または「交尾する」。つまり、このふたりは最初のデートで「交尾」したわけです。こんなふうに、通常使わない語を用いるとユーモラスな響きになるというのは、日本語でもよくありますね。
 そして、3文目の late は「遅れている」ですが、何が遅れているのでしょうか? くわしい辞書でlateを引くと、下のほうに、たぶんちょっと控えめに「(女性の生理が) 遅れている」と載っていると思います。以下、野暮なので説明は省略。
 あまりにも簡潔に、あまりにも美しく韻を踏んで、切羽詰まりながらもばかばかしい作品をつむぎ出したこの作者に拍手を送りましょう。訳はいろいろ考えてみましたが、下品になりそうなので、上の説明だけでどうぞご勘弁を。

  My Charlie Brown Christmas tree bloomed.

 季節はずれですが、クリスマスがらみの six words を紹介します。
 Charlie Brown はもちろん、スヌーピーで有名な漫画「ピーナッツ」の主役の少年ですが、Charlie Brown Christmas tree というのはご存じだったでしょうか。これは「ピーナッツ」のエピソードに基づくもので、みすぼらしい木に赤い球がついただけのさびしいツリーを指します。最初、チャーリーは豪華なアルミ製のツリーを買いに街へ出ますが、派手な偽物がどうも好きになれず、質素な本物を持ち帰ることになるのです。ネットの画像検索や You Tube などでも調べることができます。
 というわけで、「チャーリー・ブラウンのクリスマス・ツリーに花が咲いた」というのは、ささやかな幸せを素直に表現した愛らしい six words ですね。

 連載「SIX WORDSの楽しみ」は今回で終了します。10年前のことですが、1年にわたっておもしろい作品を紹介するためにあれこれ調べてきたことは、わたし自身にとってもよい勉強であり、同時に翻訳作業の合間の楽しい息抜きにもなっていました。この本の副題にもあるとおり、six words はまさに「たった6語の人生模様」であり、作品の数だけの人生が陰に隠れています。どうぞみなさんもいくつか作ってみてください。
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 書籍『SIX-WORDS たった6語の物語』は、残念ながら現在では入手困難です。ツイッターでは @sixwordsjp のアカウントで1日ひとつを紹介しているので、よかったらご覧ください。

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