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SIX WORDS の楽しみ (6)

 不定期連載「SIX WORDS の楽しみ」第6回です。10年前に書いたものに少し加筆して再構成しています。第1回から第5回まではここにまとまっています。
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  More Jessica Fletcher than Nancy Drew. 

 Jessica Fletcher はテレビの人気シリーズ "Murder, she wrote" の主人公。アンジェラ・ランズベリーが演じる初老のミステリー作家ジェシカ・フレッチャーがつぎつぎに難事件を解決していくドラマです。日本でも〈ジェシカおばさんの事件簿〉という題で長く放映されたので、覚えている人も多いでしょう。アンジェラ・ランズベリーは、アガサ・クリスティ原作の映画〈クリスタル殺人事件〉でミス・マープルの役を演じてもいて、やさしさと明晰さを兼ね備えた初老女性の役にぴったりの女優です。
 一方、Nancy Drew は、アメリカで1930年代にはじまった児童小説の人気シリーズの主人公である、18歳の美少女探偵。日本でも〈少女探偵ナンシー〉シリーズとして1950年代から紹介され、今日まで多くのファンに愛されてきました。作者はキャロリン・キーンという名前ですが、これは何人かの書き手が交代して書き継いできたものだそうです。
 さて、この six words の作者は何を伝えたいのでしょうね。単純にジェシカおばさんのほうが好きだともとれますが、自分の年齢が近づいてきて憧れの対象が変わった、と解釈すると、より味わい深いのではないでしょうか。想像の余地を残すために、訳は単に「少女探偵ナンシー・ドルーよりジェシカおばさん」としておきましょう。

  Amy Winehouse. 27 Club's newest member.:-(. 

エイミー・ワインハウス。"27クラブ" の新メンバー」。2011年7月23日に早世したイギリスの人気歌手エイミー・ワインハウスについての投稿です。27歳で死去したロックスターはこれまで数多くいて、まとめて27 Clubと呼ぶことが多いようです。27 Club には、ジミ・ヘンドリックス、ジャニス・ジョプリン、ブライアン・ジョーンズ、ジム・モリソン、カート・コバーンなど、数々の "メンバー" がいるということですが、そこにまた若きトップスターが加わってしまったというのは、非常に残念であると同時に、なんだか因縁めいたものも感じます。
 最後の「:-(」ですが、英語の顔文字(smileyと呼ばれます)はほとんどがこのように横向き(左側が頭)になっていて、記号の組み合わせでさまざまな表情を伝えます。上のものは、哀しみを表したいときによく使われる顔文字です。

  My life just needs MORE COWBELL

 とりあえず「わが人生に足りないものは "カウベル" だけ」と訳しておきましょう。カウベルとはもちろん牛の首につける鈴のことですが、この人はいったい何が言いたいのでしょうか。そして、ここではなぜ MORE COWBELL と大文字で書かれているのでしょう。
 これは1970年代からNBCで放送されている人気コメディー番組 "Saturday Night Live" で2000年ごろに使われ、大流行した台詞をもとにしています。ジョン・ベルーシとダン・エイクロイドの「ブルース・ブラザーズ」コンビを生んだ番組、と言えばご記憶のかたもいらっしゃるかもしれませんね。そのほか、ビル・マーレイやエディー・マーフィーなどがレギュラー出演していた時期もあります。
 問題のコーナーでは、バンドの収録シーンでメンバーのひとりが調子はずれのカウベルを叩きまくってまわりの大顰蹙を買いますが、そこへこわい顔をしたプロデューサー(クリストファー・ウォーケン)が現れて "More cowbell!" と叫びます。この登場のタイミングが絶妙で、だれもが噴き出してしまうのですが……ことばの説明だけではなかなかおもしろさが伝わらないかもしれません。興味のある人は、ネットの動画検索で more cowbell と入れてみると、たぶんこの場面を観ることができます。
 それ以後、more cowbell と言えば、何かが物足りないことを冗談めかして言うときの定番の台詞となっています。この six words は、おおむね不満のない人生だけれど、もう少し羽目をはずせたらいいのに、という気持ちを表現しているのだと思います。

  verbally abused daily by "loving" mother

 abuse(虐待)にもいろいろな種類がありますが、これはことばによる虐待。親が子に対して、「あなたのためを思って」と言いながらきびしい助言をすることはよくありますが、度を超すのはいかがなものか、ということでしょう。愛情とお節介の境目を見きわめるのは非常にむずかしく、これは古今東西を問わず、人類永遠の悩みなのかもしれません。
 訳は「"あなたを愛してる" 母から、毎日ことばの虐待」としておきます。"loving"を「愛情深い」などと客観的に処理する手もありますが、このほうが母親の切羽詰まった感じが伝わるのではないでしょうか。

  My scarlet letters changed 26 times.

 これはナサニエル・ホーソーンの小説『緋文字』(原題  "The Scarlet Letter")をおそらく下敷きにしています。読んだことがある人も多いでしょう。
 ホーソーンは19世紀のアメリカを代表する作家のひとりで、『緋文字』の舞台は17世紀のニューイングランド(おもにボストン)の清教徒社会。姦通の罪で罰せられた女性主人公ヘスターが、見せしめとして、胸にAdultery(不義、姦通)の頭文字の布をつけさせられます。厳格な規律に縛られた当時の社会で毅然として過ごそうとするヘスターの生き方を通じて、罪や自由とは何かということを深く考えさせる小説です。
 さて、この six words では、文字が26回替わったとありますが、これはもちろんアルファベットの26文字を表しています。さすがに、26回も不義を働いたと言いたいわけではなく、これまでの人生で後ろめたいことが数えきれないほどあったと反省しているのでしょう。AからZまで、具体的にどんな罪なのかを想定しているわけではないと思いますが、たった6語で作者の人生について多くのことを想起させる、とても味わい深い作品ですね。
 訳は「わたしの胸の緋文字は26回変わった」としておきます。

  Come on Irene give US(a) break.

 これが掲載されたのは2011年の8月26日で、この日は Irene(アイリーン)をテーマにした six words がずらりと並びました。Irene とは、そのころ北米を直撃して大きな被害を与えたハリケーンの名前です。
 ハリケーンと言えば、以前はこの Irene をはじめとして、女性の名前ばかりがついていたものですが、1979年からは男女の名前が交互につけられています。命名のルールは地域によって微妙にちがうものの、大西洋側で発生したハリケーンにはアルファベット順に名づけるそうで、たとえば、順に Arlene、Bret 、Cindy 、Don 、Emily、Franklin、Gert、Harvey、Irene となっています。たしかに男女交互に襲ってきていますね。
 この six words では、US(わたしたち)とUSA(アメリカ)の両方を打ちのめした Ireneに対し、もう勘弁してくれと頼みこんでいます。そんなわけで、訳は「おい、アイリーン、おれたちアメリカを少し休ませてくれ」。
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 書籍『SIX-WORDS たった6語の物語』は、残念ながら現在では入手困難です。ツイッターでは  @sixwordsjp のアカウントで1日ひとつを紹介しているので、よかったらご覧ください。

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