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Hope in a darkened heart

たしか1986年のことだったと思うけれども、僕は大学の二年生で、年の暮れにクリスマス・パーティへ誘われました。

誘ってくれたのは或る先輩で、その先輩は、なにから何までとってもかっこよくってスマートで、所謂「憧れの先輩」でした。

創刊まもない「Switch」を脇に抱えて部室に入ってきたりして、一番好きな映画に「8 1/2」をあげ、そういえば村上春樹さんの小説を薦めてくれたのも彼でした。

それで僕が初めて読む事になった春樹さんの最新刊は安西水丸さんとの共著「日出る国の工場」でしたから、それはパーティの翌年の事で、その秋には学校帰りや、週末の帰省の度に立ち寄っていた(当時は5階だか6階にあった)横浜ルミネの有隣堂で平積みされていた「ノルウェイの森」を手に取ることになるのですが、それはもう少し先のお話です。

パーティの会場は東京に下宿していた先輩のマンションで、しかし、それは三年生になって、往復四時間の通学がきつくなり、学校近くに借りることになった僕の部屋とは違い、部屋がいくつもある高級な所で、その窓から見えた夜景のきらきらするさまは、若さへの憧憬と相まって、とても眩しく思い返されます。

その夜、無粋で田舎者の僕は終電を逃し、先輩が仲の良い人たちと語り合っていたいろいろなお話に夜更け過ぎまで耳を傾けていたのでした。

そして、窓の外がゆっくりと明るくなった頃、とっても良いレコードを手に入れたのを思い出したと言った先輩がプレーヤの上に載せてくれたのが、ヴァージニア・アストレイの「Hope In A Darkened Heart」でした。

点描画のようなジャケットが輸入盤であった事もなんだかおしゃれで、また痺れたのですが、酔いの抜けきらない耳に届いた柔らかな歌声がとてもやさしく、いまでも大好きなこのアルバムに、あの坂本龍一さんが関わっていたのだと知ったのは、このときだったか、それともそのあと石川町のタワレコで同じものを手に入れた時だったか。

そう、僕はこのレコードがほんとうに、今に至るまで大好きで、そうしてその細やかな音たちは確かに教授の響きに違いないのでした。

どうしたって、なにしたって、ふとした思い出を通過したりして、いつまでも教授は「今」においでだと分かって、けれどもその事で少し寂しくなっている自分に気付くのです。


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