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ジェイムズ・ティプトリー・ジュニア James Tiptree Jr.: "Her Smoke Rose Up Forever"

先月に久しぶりにレムの「ソラリス」を読み、斬新なアイディアと、時に夢と現実とが交錯する幻想的な風景、そして切ない物語の絶妙な配合で、久々に SF の楽しさを味わったので、もう一つ何か読もうと、Amazon をぶらぶらと探してみたら、ジェイムズ・ティプトリー・Jr. の短編集 "Her Smoke Rose Up Forever"   が目にとまり、これを読むことにした。

その筆名から男性だと思うかもしれないが、著者は女性である。

1915年生まれ、1942年からペンタゴン、1952年から3年間 CIA で勤め、1955年から大学に実験心理学を専攻し1967年に博士号を取得、1968年に53歳で作家デビューという、なかなかない経歴の持ち主だ。1987年に71歳で亡くなっている。痴呆症が悪化した夫を射殺し自らの頭も撃ちぬき自殺ということだ。興味のある方は Wikipedia ( Link )を参照のこと 。伝記も出版されている "James Tiptree Jr: The Double Life of Alice B. Sheldon," Julie Phillips (2006) ので、私もそのうち読んでみようと思う。

1977年に性別を明らかにするまでは、名前と短編ながら骨太の作風で男性と思われていた。デビューから2年ほどの間に人気作家となったということだ。公の場には現れなかったが、経歴は秘密にしていたわけではないらしい。

さて、本書は、18編の短編が収められている。1977年以前のものもあるし以後のものもある。今、ちょうど 7編まで読み終え、ページ数で30% にたどり着いたところだ(*2)。本編に入る前に、Graham Sleight, John Clute による introduction が2編、力の入ったよい解説があり、こちらも読みがいがある。

彼女の作品には、生と死、ジェンダー、が一貫したテーマとして流れているように思う。全体的に暗いトーンだ。死のイメージが全体を覆っているが、凄惨な場面もなく涙をこぼす場面もない。死後の世界が書かれているわけでもなければ、永遠の生が書かれているわけでもなく、人類の躍進もなく、そこに救いはない。

余計な説明が一切ないシリアスで硬い文体と、見慣れない単語や造語を使い、感情の大きな動きを排して、事実や二次的な情報をたんたんと記述していくことで、間接的に裏側や全体を想像させる手法が見事だ。全文を読んで初めて全体が組み立てられて立ち現れるような、独特の面白さがある。

道具立てや登場する生命体は SF ならではのセンスオブワンダーにあふれてはいるが、むしろ、そういう面白さよりも、私達人間とは何なのか、考えさせられる。

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先頭の作品の前のページに、著者自身の言葉が引用されている。

If I could describe a "human being" I would be more than I am - and probably living in the future, because I think of human beings as something to be realized ahead. ... But clearly "human beings" have something to do with the luminous image you see in a bright child's eyes - the exploring, wondering eagerly grasping, undestructive quest for life. I see that undescribed spirit as central to us all.
p.6 preamble

自己流で訳して見ると次のような感じだろうか。

もし、私が「人間」について語ることができるとするならば、私は今の私以上の者でなければならないし、きっと遠い先のことであろう。なぜならば、人間は何か未来に実現されるものではないかと思うからだ。..とはいえ、明確に言えるのは、「人間」は、子供の輝く目の中に見ることができるイメージとどこか関係しているということだ。それは、探検し不思議に思い、掴もうとする、人生の飽くなき探求だ。私は、この言い表すことのできない精神が私達すべての本質だと理解している。

単なるストーリーを追う以上の面白さがそこにはある。


■ 注記

(*1) 35年前前後に コアなSFファンの友人から勧められて衝撃を覚えた作家だ。あのころに読んだのは、浅倉久志訳の「たった一つの冴えたやり方」だった。短編がいくつか収められていたが、表題作の「たった一つの・・・」があまりに印象が強く他の作品のことは全く覚えていない。

Amazon で書影を見ると今の版のカバーイラストは、もっとお洒落な感じになっている。だいぶん昔に処分してしまったので手元にはないが、当時のカバーのイラストは、もっと少女漫画のテイストがあったはずである。


(*2) 今年の前半は快調に洋書を読んでいけたが、夏から少しペースが落ち、先月に8冊目を読了したばかり、年間12冊の目標の到達は厳しくなってきたので諦め気味である。まぁ理由はいろいろ挙げられるが、5-why をするまでもなく、自分の時間の使い方の配分と管理の問題につきる。

平行してもう一冊洋書を読んでいるので、11月末までに両方フィニッシュすれば、12月にあと一冊で今年は計11冊で着地という感じだ。

こういうときに、面白くて離れることができない、骨太で軽く読み飛ばすことができず、しかも「あれ?」と思わせる展開で度々前に戻って読み直してしまう、短編集とはいえ、文字ぎっしりの全535ページという本書を選択してしまったのは我ながら問題だが、仕方ない。

本との出会いは運命でもある。


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