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過去の亡霊:神林長平「敵は海賊・海賊版」

35年前に夢中になって読んだ神林長平の名作だ。今だに好きな本の上位に入るSFだが、ずいぶんとしばらく読んでなかった。先週の日曜日にちょっと読み返してみたくなり、手元にはもうなかったのでポチっと購入、その日の晩に、一気に読了。なんとなく、そのまま、殺伐としたような、ほろ苦い、少しロマンティックな、過去から現れた亡霊にとらわれたような、そんな気分で心が凍結されてしまったような一週間だった。

すぐに note に感想を投稿しようとして、一段落目でとまってしまい、そのままフリーズ。個人的な思いも強いし、なかなか、この本の魅力を伝えるのは難しい。


まずは、内容を簡単に紹介しよう。Amazonのサイトに書かれているのを引用しておく。

火星の砂漠の町サベイジにあるバーで、海賊・ヨウ冥はフィラール星の女官長の依頼を受ける。それは通商使節として訪れた火星で行方不明になった王女を捜し出してほしいというものだった──ヨウ冥を追う黒ネコ型宇宙人にして海賊課のお荷物刑事のアプロと、相棒ラテルがおりなす人気シリーズ第一長篇。

ここに書かれているとおり、「敵は海賊」シリーズの一作目だ。このシリーズは、天野喜孝のイラストがどれも可愛らしく美しい。

シリアスで、内容は固い。コメディタッチのところがあるが、第一作だからだろう、まだ、著者の悪乗りのような部分はまったくない。全般、抑制が効いていて緊張感を感じる。

書かれた文章としての物語と、文章を書くものと文章を紡ぐワードプロセッサ、それらを構成する文章、といった層状の論理構造を持つが、ちょっと理屈っぽさがすぎる感じの設定だ。読むときにあまりこのへんを気にするとよくないかもしれない。

また、このシリーズに登場するのは、宇宙船をはじめ、あらゆる生活を支配する人工知能を持つコンピュータ群だ。

敵の海賊ヨウ冥の乗る巨大戦艦のカーリー・ドゥルガーもそうだし、この一作目から大活躍の、アプロとラテルの愛機にして同僚(!?) フリゲート艦ラジェンドラも魅力たっぷりだ。ラジェンドラは、ありとあらゆるコンピュータに遠隔で介入して解析することができる。そして、相手のコンピュータを一発で破壊できるCDSを装備する。

そして、登場する女性たちは凛として魅力的だが、少年の永遠の憧憬と気恥ずかしさが混じる。ーちょっと言い過ぎか。

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さて、私は、高校卒業して、1985年度だったかの1年間を、予備校で浪人生活を送った。そこで知り合った友人から教えてもらったのが神林長平だ。1979年の「狐と踊れ」でデビューして数年というとこだったが、「言葉」「機械」「人工知性」といったテーマ、P.K. ディックを彷彿とさせる、どこか見慣れているようで奇抜な舞台設定やアイディアたっぷりの斬新な道具だてなど、すでに熱狂的なファンも多かった。私も本書を読んで一発で虜になった。

昔に夢中になった本を読み返すのは、悪くはないが、少し複雑な気分だ。

読み返したときに、新しい感動、新しい知識、なるほど、こういう面もあったのか、という気づき、そういう成長した自分ならではの何かがあれば、昔の本を読み返すのも悪くはない。

しかし、記憶している通りの面白さで記憶しているとおりに夢中になり、記憶しているとおりの読後感。

あのころの、将来も見えずにブラブラしていた自分、このままいくとどうなってしまうんだろう、という漠然とした不安、高校を出て少しだけ広い世界を知って萎縮しつつ、から元気だけ持とうとして空回りしていた自分。周囲からとてつもなく浮いている感じがして逃げ出したくなるような気持ちでいながら、でも何も努力することなく逃げ出すこともせず、ただ時間だけが過ぎて行く、そんなころに夢中になって読んで浸っていたファンタジー。

そんな気持ちの中に凍結されてしまったこの一週間。この本を紹介するのは難しかった。が、なんとなく、そんな自分のためにも、こんなたわいもないことを書いておかなければいけないような気がした。過去の亡霊を、もう一つの世界につながる銃によって退治する必要があった、というわけだ。


後の神林作品と比較すると、粗削りだし、つっこみどころも満載だ。だけど、間違いなく傑作。



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