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モラル・コンパス:中満泉「危機の現場に立つ」


概念化とコンセプトの力は、危機の時にこそ発揮される。中満泉の「危機の現場に立つ」を2年半ほど前に読んだ。



改めて読み直してみたのだが、この人はすごい。わが身を振り返り、甘ったれていてはいけないと猛省。

国連が実際にどんな活動しているのかその現場を垣間見れる、人道援助の在り方、難民問題の変化:紛争の長期化、避難期間が長期化していること、その中で対話、交渉というのがいかに重要であるか、日本がどう貢献しうるか、知識を得られるというだけでなく、自身のキャリアから、仕事観、キャリアパス、女性と子育て、難民問題や国連の活動、PKOやUNDP、そういったテーマが圧倒的な当事者意識を持って幅広く展開され、私たちへのスジの通った強いメッセージとなっていると思った。今こそ読むべき本かもしれない。

さて、仕事に取り組む姿勢や危機に臨む手法など、なるほど、と膝を打つところも多かった。表題にした「モラル・コンパス」というのは耳慣れない言葉だ。が、自分の軸、といったところだろうか。

仕事の上でも「誠実さ」がいかに重要であるかということです。正直に努力を重ねて、時には苦しみ悩みながら、自分が持っているモラル・コンパス(倫理基準)を磨き育て、それを使っていろいろなことを判断し、日々仕事を積み重ねていく

他の部分では「自分の価値観や行動を律する」ものとして、ときには、組織の規則に反してでもモラル・コンパスに従って行動する。世界のエリートが集まる複雑なパワーゲームのある官僚機構でキャリアの階段を上がっていく中満氏の言うことだからこそ、重みがある。

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考え方も仕事の仕組みも違う多人数のステークホルダと渡り合うにはどうするか。少し整理して書き出してみた。

- わからないことは、わからない、とすぐに正直に言うこと
- 考え方や仕事のやり方の違いがあるなら、そのことを臆せずにはっきりと言うこと
- そのうえで、なるべく歩み寄る方策を考え、提案すること
- よい協力関係ができるように、いろいろな集まりに顔を出して、仲良くなること
- 一方で、一線は引き、取り込まれてしまわないように注意すること

危機の現場だけではなく、例えば組織の変革を任されたときなど、問題解決に取り組むには、自分の頭で考え判断し、さまざまな人と強調して実行に落とし込む能力が必要である。まずは問題の発見が大事である。本書に書かれている筆者があたった問題解決は、前の投稿で少し触れた OODA (O: Observe 観察、O: Orient 仮説構築、D: decide 意志決定、A: Act 実施)のプロセスのよい例である。

問題の所在を明らかにし、解決方法を考え、探し、さまざまな人々と協議しながら実行していく能力。知識や経験はとても重要な基礎になりますが、絶えず変化を続ける世界では、それをどう組み合わせて応用していくのかを考え、リスクを恐れず新しい創造的な方法を試してみるチャレンジ精神も欠かせません。


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マネージャの仕事として大事なのは、優秀な人材の確保、キーになるポストには優秀なキーマンをあてることだ。

本書の中で、UNHCRの政策とオペレーションを担当する幹部のセルジオ・デメロについてのエピソードとして次のようなことを書いている。

デスクの上に置いた箱のなかに、UNHCRだけでなく、広く国連諸機関や各国政府、NGOなどで知り合い、有能であると感じた人の名前をメモと共に入れており、これを「人材の箱」とよんで「いつか自分が組織のトップになったらここから人を連れてくる」と言っていたのが印象に残っています。

そういえば、もう20年前にもなるだろうか、昔、私の所属していた研究所の当時の所長が、私に問いかけたことがあった。

「君は会議の場で何を見ている?」
「相手の論点と課題認識、技術的アプローチ、ときには、最新の技術への興味がありますね。」
「あほ。まだまだ、お前も半人前だな。」
「・・・では所長は何を見てらっしゃるのですか?」
「会議の参加者全員をよく見て、誰が使えるヤツで誰が使えないヤツか、わしが見ているのはそこだけだ。」

できるヤツを将来の自分の部下にしようとするわけだ。私は、それ以来、会議の場で、そういう目で観察はするようにしているが、人を見るのは、なかなか難しい。

また緒方元難民高等弁務官の言葉として、次のような言葉を引用している。

緒方難民高等弁務官が「それぞれのオペレーションや部局の主要ポストに適切な人の配置を決めた段階で、私の高等弁務官としての職務の 70% は果たしたことになる。人事というのはそれほど大事なことなのです」と口ぐせのようにおっしゃていた

全体として、目的と目標があれば、それの実現のための戦略と戦術を決め、戦略と戦術を実行するための組織を作る。そのキーになるポジションに適切な人があたらなければ、実行編はうまくいかない。組織責任者の仕事は、人事に始まり人事に終わる。

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さて、では「できる人」とはどういう人だろうか。単に、目の前に与えられた作業の実行能力が高いというだけではない。もちろんそういう人も必要である。が、危機の現場で自律的に創造的に問題を解決する、あるいは、組織を変革したり、経営のかじ取りをするような人は、経験や見聞きしたこと、観察したことから、概念として一般化して本質をつくことができなければならない。そのことによって多くの立場の違う関係者を巻き込んで大きな動きをかけることができるようになるのだ。

理論研究というのは実行の現場から離れた浮世離れしたことのように思う人も多いかもしれないが、実際には、現場にこそ、枠組みとして非常に重要であると私は思っている。

学問のなかで理論研究はとても重要なことであると思っています。一見関連性のないさまざまな事象を分析して体系化・概念化し、整理して理解するためのツールが理論だからです。
国際機関でも仕事のできる人は、この概念化作業に長け、雑多な事象を体系的に捉え、一見なんの関連もないところでの教訓をほかのところでうまく応用できる人だと感じています。また「これは正しいことなのだろうか」という疑問を常に持ち、物事を多角的にさまざまな視点から考察する「批判的思考」ができる人だとも感じています。

まったく、うなずかされるばかりである。

さて、そんなすごい人によるすごい人たちの話ばかり読んでいると、自分がまったくできないつまらない人間に思えてしまうし、こんな人になろう、と奮いたっても、気持ちばかりでなかなかうまくいくものでもない。こんな救いの言葉も書かれている。

自分の特性や専門を生かし、職業をとおして社会に貢献し、それを自己成長の手段にし、生活の糧だけでなく人生における幸福追求の一つの糧にする、というのは男女の別なくごく自然なことだと思います。それぞれが自分に最も適した形、信じる形で社会にかかわり、貢献していけばよいのだと思います。

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さて、この本を読んで感じるのは、圧倒的な当事者意識だ。筆者が取り組んできた危機の現場は、イラクの湾岸戦争、それを発端とするクルド難民、ユーゴスラビア紛争、ルワンダ虐殺の難民キャンプ、その他、そしてそこでの難民支援だ。現場で即判断して自律的にスピーディにエネルギッシュに動くこと、多くののっぴきならない関係者と渡り合い、難民たちの人権を守り人道支援の道を切り開くこと。自分事として関わるからこそ人を動かすことができる。

生きるか死ぬかのラインで、ギリギリまで追い詰められた人たち、恐怖と暴力の連鎖で狂気に追いやられてしまった人たち、強烈な執着と愛憎が交差する、そんな中でスジを通すには「生存欲を捨てることこそ大事だ」と言っても、客観的な意見を通そうとしても無理である。自分自身も強いストーリーを持ち、関係者のストーリーを見抜きながら渡り合う必要がある。

ここで問題解決を見出し実行に結び付けるために重要なのは、OODAの最初の "O" すなわち観察であるが、先週に述べたような「観察」ではない。意味がないことを悟ることではない。この世、世俗の果てで生きるすべを見つけるための観察であり、自分と関係者全員の共有できる意味を洞察するための観察なのだ。


最後の章「結びにかえてー未来を創るあなたたちへ」も読む価値ありだ。そのなかの「過渡期にある世界と日本」と題した一節に、日本の状況を簡潔にまとめ、「内向き志向」「格差の拡大」「子供の貧困」の問題を指摘し、「情報革命とグローバリゼーション」に原因の一端があるとする。

しかしグローバリゼーションは、止めることや、そこから離脱することができる潮流ではありません。みなで知恵を絞って、グローバリゼーションの恩恵を最大限に引き出し、弊害を最小限に抑える新しい政策や社会の仕組みを考えていくしか進むべき道はないのです。
(略)
行く先がわからない、大きな変化はだれにとっても怖いものです。(略)
行く先がわからない過渡期にある世界でみなが内向きになりがちだからこそ、私たちは大きな理想や希望を持ち、どうやってこれを実現させていくのかを語らなくてはなりません。理想や将来への希望、もっと言えば私たちが創り出す「普遍的な価値観」のみが、内向きになったり対立したりして分断された世界で、人間同士をつなげ連帯させてくれるものだからです。

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さて、改めてこの本読んで、本筋とは関係ないことで、驚いたことを二つ書いて終わりにしようと思う。

まず、全部の漢字とアルファベットに振り仮名がふってある。また、少し専門的な単語に関しては、丁寧に注釈をつけて説明をいれている。これはすごいことだと思った。低学年の子でも読めるようにしてあるのだ。「結びにかえて」のメッセージでもわかるが、この本はキャリア本ではない。これからの世界を作る若者に向けての本なのだ。謝辞に書いてある。

本書は、すさまじいスピードで変わりつつある世界を背負っていく私の娘たちの世代へのメッセージです。

もう一点は、この本は、超絶に忙しいであろう著者が執筆を始めてから1年半近くで書き上げたということである。

海外出張に出かける時の長時間フライトや、よっと時間が空いた週末などを使って、全てをタブレットで書きました。

その前に2年の構想期間があったということであるが、やっぱりできる人はできるものだ。文章も論旨もきっちりとしているし読みやすい。モラル・コンパスをしっかり持っている人、よいコンセプトを作れる人はデキる人なのだ。人のことを感心してばかりいても仕方ないのだが、このところ、少しへこたれ気味でnoteの更新も1週間に1本程度となっている私ではあったが、もっともっと頑張らなくてはいけないな、と思った次第。

本を買うかどうかちょっと迷っている人は次のサイトを斜め読みしてはいかが?


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