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柄谷行人「力と交換様式」と加藤文元「宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃」

年明けから、予告どおり、柄谷行人「力と交換様式」と、加藤文元「宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃」を読んでいる。語り口は対象的だ。

「力と交換様式」はページ数では 45%程度、全四部のうち最初の第一部を読み終えたところだ。著者自身が自身の理論である4種類の交換様式 A, B, C, D によってマルクス・エンゲルスの経済学、フロイトの歴史認識をとらえなおし、原始宗教の成り立ちをそれぞれ概観しながら交換様式Dについて論を進める。

交換様式 A, B, C, D とは

A 互酬(贈与と返礼)
B 服従と保護(略取と再分配)
C 商品交換(貨幣と商品)
D Aの高次元での回復

p.12

それぞれの交換様式に対応する力と社会は、「A以前」は遊牧や漁業を生業とする遊動民の社会、「A」は呪術的な力と水平の力関係である、首長を中心による農耕定住の氏族社会、「B」は絶対的な神の力と垂直の力関係をもつ、中央集権的な王の権力をいだく都市国家、「C」は複数の神々や首長たちの上にたつ唯一神の力とそれらを超越した力関係によって成り立つ、世界の覇権と帝国、そして「D」はBとCとを否定しAの高次元での回復となる力関係による、来るべき社会であるとする。

また、A, B, C, D は時間軸の中で直線的に発展してきた性質のものではなく、それぞれの様式が時代や地域の中で行きつ戻りつし共存し入り乱れて相克する、そのような形式だとされる。

だから、経済や社会の仕組みの発展の法則がここにある、と期待して読むと、期待はずれに終わるのではないだろうか。むしろ、世界の変貌のダイナミズムを読み解く軸として交換様式を据えると理解しやすい、と考えたほうがよいのかもしれない。

それにしても、狩猟採集社会、農耕社会、封建制と絶対王政、資本主義社会と共産主義・社会主義社会を、それぞれ、A以前、A、B、C、と捉え直すことにどれだけ新しい地平が開けたのか、私には今のところわからないでいて、読んでいて「ふーん、そういうふうにも考えられるのかね。」と、もどかしい。

各文章は、細かい論証や論理展開はすっとばして強引に自身の考察をどんどん展開されていく。熱に浮かされて一気に書ききっている印象だ。しかしそれだけに、マルクスやヘーゲル、ホッブス、フロイトなどの著作を読んで基本的な教養を持ち合わせ、かつ、柄谷行人の以前の著作を読み込んでいないと、丸呑みする以外に理解することは難しいと思う。

資本論くらいは読んでおかなければと思ったところだが、岩波新書で全9巻(マルクス 資本論 (全9巻) Kindle版 (amazon.co.jp))だ。ちょっと考えてしまう。

要するに、霊的な力を認めないことが、科学的な認識になるとは決まっていない。むしろその逆になる。霊があろうとあるまいと、何らかの「力」が働いていることを先ず認めることから、”科学的”認識がはじまるのだ。

p.81

商品が取引されるときに、商品と貨幣に憑いた霊が商品の取引価格を決める、と言われても、それなら、私の頂く給料は私の活動に憑いた霊が決めているのか、と言うと違和感もあるし、それなら、株式市場で、ある人はこの会社の株が値上がりするだろうと思うから買おうとするし、またある人はその会社の株が値下がりするだろうと思うから売ろうとする、だから株価が決まり、売買が成立するのだ、と考えると、交換様式B, Cを支配する力を霊的なものに持っていくのは違和感を感じざるを得ない。

上述したようなもどかしさや違和感は、きっと私の柄谷哲学や基本的な教養の理解が浅いから生じるのだろうと思うが、そのうちに納得できる日がくるのだろうか。

まだ、残り3部、50%は残っているので、また印象や感想は変わるかもしれない。

※ 2023/1/23 追記:
上述の私の給料についての違和感の正体はまさに、A, B, C によって説明することができ納得できるものとなった。読了後の感想は次の記事になる。


平行して、宇宙際タイヒミュラー理論 (IUT理論) についても読んでいる。これも 50% を超えたところで、長い導入がようやく終わりそうで、これから本格的にIUT理論の解説に入るところだ。

1章が「IUTショック」、2章が「数学者の仕事」、3章が「宇宙際幾何学者」と題し、IUT理論がこれまでの数学理論といかに異質なものかを解説し、ときに学会から批判されているらしい望月教授の発信の仕方やコミュニケーションの仕方を弁護し、さらに望月教授の人間的な魅力を、IUT理論の構築の過程においても関係の深い著者ならではの解説を丁寧に重ねていく。その中で、IUT理論の肝をすこしづつわかりやすい日常語で染み込ませていく工夫が面白い。

これも、しかし、数学の最先端に触れていないとなかなか分かった気になれないかもしれない。こちらも十分に理解するために必要な知識や教養、素養が必要なことは言うまでもなく、こちらも勉強したいと思いつつ、そのあまりのボリュームに考えてしまうところだ。

とはいえ、4章に入って、ABC予想と強いABC予想、それらを証明することによる波及効果、たとえばフェルマーの最終定理の証明など、がようやく解説されると、とても「わかった感」が得られる。

ちなみに副題「IUT理論の衝撃」は好きになれない。たぶん編集者が売れる副題をつけたいと熟慮の末つけたのだろう。自分から衝撃とか言うな、と言いたい。ちなみに文末にビックリマーク「!」をつけるのも、自分でビックリするな、と好みではない。もっとも紋切型になりがちな社内チャットを柔らかく発信するための「!」はその限りではない。


こちらも残りの 50% が楽しみだ。


著者自身による熱にうなされたような専門語による預言と、近しい人による冷静で丁寧な日常語による物語、なかなか対照が面白く、今年の正月はなかなかいい刺激をうけている。

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