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片桐はいり「グアテマラの弟」

女優・片桐はいりが文章もうまくエッセイがとても面白い、ということだった(*1)。先週にさっそく購入して読んでみると評判どおりで、一気に読んでしまった。

まず、表紙のデザインが美しい。グアテマラはカラフルな織物で有名(*2)だが、その模様が広げられている。帯がないのがいい。文字数の少ないタイトルはうるさい副題もなく、肩書もなにもつけない著者名、フォントもMSゴシックかと思うようなシンプルさでそっけない感じがいい。

本を買う動機というのもいろいろあるが、ジャケ買いというのもある。

著者・片桐はいりが、2006年の夏にグアテマラに住む弟を訪ねてひと月ほど過ごした旅行記だ。18章のうち、最初の1章「歯ブラシとコンピュータ」は導入で、口もきかないほど仲が悪かったという姉弟の幼いころからのエピソードから、弟がグアテマラのアンティグアに渡り現地で結婚し、その後の日本の片桐一家と弟一家の交流が書かれている。そして、2章「イランと竜巻」で旅に出るきっかけと旅立ち、最終章は「おやじと珈琲」と題されて、おみやげのコーヒーを軸にしたエピローグだ。

最近は「伏線回収」というそうだが、「あれっ?」と思う不思議な題や書き出しがちゃんと最後に整って「なるほど」と膝を打つ、そういった形式・構成もよく出来ている。

グアテマラの風物や現地の方々との交流のエピソードも興味深く面白い。だいたいの時系列に沿ってトピックごとにうまくまとめて語られていて、全編、弟と義妹のペトラさん、そしてその息子、知り合った人たちと、父母への愛情のこもった視線が暖かく流れていて、ユーモアあふれる筆致の中で、ときおりはっと切ない気持ちになるところもあり、こちらの気持ちも、笑いながら和んでいく。

文章もいい。一人称で書かれている旅行エッセイではあるが、からっとさっぱりしていて、また、なにげない一文、一段落に、いくつもの言いたいことが込められているが、特に掘り下げられたりくどくど繰り返されることもなく、そっけない体なのがよい。それなのに、フットワーク軽くエネルギッシュな様子や細かい観察眼も伝わってくる。熱を込めるのに、くどくどと書く必要はないものだ。

何度、読み返しても何かを発見する、そういう面白さがある。

このエッセイを読んで思ったのは片桐はいりという人は、自分を外の視点から見ることのできる人なんだろうな、ということだ。

自分の感情なり経験なりを、そのまま直接表現してぶつけても面白くないし、それは単に個人的な何かであって普遍的なものにはならない。何かに託し、形を整えることで、初めて人と感情を共有できるのだ。

自分の経験や感情を、言葉として整えて表現するには、それらを外から見る視点が必要だ。何も、対象として外部において解剖して分析せよ、と言っているわけではない。ちょうど肩の上から見ているもうひとりの自分がいる、と言う感じだろうか。そのようなまなざしを通し、形式を意識して表現する中で、初めて自己の自由な表現が生まれてくる、なんとも不思議なことだ。


さて、私は片桐はいりのことは、これまで、ほとんどと言っていいほど知らなかった。

調べてみると、ちむどんどんで音楽教師の下地響子役を演じていたということで、なかなか評判のようだ。今日調べてみてスポニチの次の記事がひっかかり、ふと、そういえば、と思い出した。

私はTVを普段見ないので、朝ドラはまったく見ていないのだが、5月連休に京都の自宅に帰ったときに、妻が見ていたのをたまたま横から見ていて、下地響子が家にのりこみ風呂敷のグルグル模様で目を回す場面を見ていたのだった。なんとなくその顔は憶えていて「あぁ、あの人か」と思い出したのだ。

他にもどこかで見ているのだろう、顔はずっと前からよく知っているような気がする。

映画の「かもめ食堂」も名前とストーリーは知っていたが見ていない。ミドリ役(『かもめ食堂』小林聡美、片桐はいり、もたいまさこ完成披露試写会舞台挨拶 | cinemacafe.net)だったことも知らなかった。

だいたい「かもめ食堂」のことを、初めて知ったのはPascoの食パン「超熟」の2007年か2008年かのコマーシャルで知った。私は超熟は好きで、そのころから朝食は、ほぼ毎日、今でも超熟のトースト1枚と珈琲だ。変えてみようと思っていろいろ試したこともあるが、いつのまにか元に戻ってしまう。朝食の習慣はなかなか変えるのが難しい。

そのころ、CMで森と湖の北欧の景色を見ながら、数年後に自分がフィンランドの会社(の日本法人)に勤めることになるとは夢にも思っていなかった。

そんなグアテマラとは関係ないいろんなことも思い出され、なんとなく縁を感じつつ、面白く読了した。



■注記
(*1) 旅情をかきたてるものを 【世界多分一周会議④】|のりまき|note

この方の note 記事はメチャメチャ面白い。行動力のある魅力的な人だ。少しひねりの効いた文章が片桐はいりに通じるところがあると思う。


(*2) マヤ族の織物についてはぼんやりと知ってはいたが、今日、改めてネットでさっと検索してみたら、なかなか参考になるサイトがすぐに見つかったのでリンクしておこう。

チチカステナンゴ (マヤの村) グアテマラ (latenamerica.com)


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フィンランドのエッセイも出版されている。そちらも、そのうち読んでみようと思う。


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