意思決定の罠:Robert B. Cialdini "Influence"
人間の意思決定は、6つの基本的な要素から強く影響されるとする。すなわち、「返報」、「コミットメントと一貫性」、「社会の承認」、「好意」、「権威」、「希少性」である。参与観察 Participant Observation の手法や、行動心理学や社会心理学の実験、マーケティングやセールスなどの豊富な実例によって、それぞれについて詳しく説明されている。先日、高嶋さんの「みるみる見方が増えるたった一つの法則」(note 記事)を読んで思い出し、ひさしぶりに読み返しているところである。
「返報」は、何かをしてもらったらお返しをしなければ、と感じる心理である。人間の社会で広く通じるルールだと思う。何か人からもらえば、ちゃんとお返しをしよう、と。恩をあだで返す、というのは、社会からつまはじきにされる原因だし、また、あの人には借りを作りたくないからこの話は断る、というのもある。また、転じて、「困っているし何かをしてほしい」という依頼があればそれに答えたい、と感じる心理となる。「お互い様だしなぁ」と。そして、その依頼を断わると、ちょっとした罪悪感が生まれないだろうか。そのときに「それなら、せめてこのくらいのことをしてほしい」と頼まれると断りきれないことがあるだろう。
「コミットメントと一貫性」は、考えていることや行動の正誤よりも、一貫性を重んじる傾向を、私たちが持っていることである。「あの人は言うことは間違っているかもしれないが、軸がぶれないのがすごい」、とか、「あの人はいつも正しいことを言うが、一貫性がない」とか、よく口にする。振り返ってみて、自分自身の言動が一貫性があると見られるように行動することがあるだろう。そして、自分自身で決めたこと、と思い込んでいることに対して、はたから見ておかしな判断であっても、「私が決めたことだから」とか「あんなに大金を払う決断をしたのだから」などと言って、自分の中の一貫性を重んじ、その判断に執着する傾向にあるのだ。
「社会の承認」は、みんながやっているから、という心理である。「いや、私は自分の意思で全部決めている、周囲の意見は参考としては聞くが、みんなの意見に流される自分ではない」と自負している人ほど、ちょっと気をつけてみたほうがよい。TVのバラエティでの観客の爆笑や、もはや意味があるとは思えないテロップや、CMでの「○○は、今年の売り上げNo1!」とか、行列の出来るお店、など、この心理をついたものごとは、日常にありふれている。特に、自分の慣れない環境で、状況が飲み込めない場面では、周囲を見て、他人と同じ行動をとるというのが基本であろう。
「好意」、自分が好意を寄せている人、ファンである人の言動に大きな影響を受けているのも、誰しも覚えがあることであろう。特に好きな人の要求にこたえようと行動する。好きな人に気に入られるように行動する、というのはなんらの不思議なところもない。
「権威」、有名なスタンフォードの監獄実験(Wikipedia)や、これも有名な電気ショックの実験・ミルグラム実験(Wikipedia)など、もしこれが私たち人間の持っている性質であるならば、自分も同様の状況におかれたら同様の行動をとるのかもしれない。また、これほどまでではないにしても、権威をカサにきて、誰かを自分の思い通りにしようとしている人など、日常、私たちが目にすることも多いし、また、自分自身で思い当たるところがあるのではないだろうか。そして、「私だけは権威の犠牲者ではない」と上から見て偉そうにしている人だって、結局、誰か他の人たちの権威には従っているものである。
「希少性」、よくある「残りはあとわずか」っていうものである。本来、なんら価値がかわるわけでもなく、価値がもともとないものであっても、世界に数個だけ、と言われると、俄然手に入れたくなる心理だ。
いろいろ実例や実験結果を読み、関連の書籍にあたってみると、自分の意思だけで行動を決定しているなどとは、到底、思えないはずである。誰もが、社会との係わり合いの中で、上記のような複雑で再帰的にからみあう各種の影響力の網の中で生きているのだから。
この本を読んで、人を自由に操ることができるようになるかというとそんなことはないと思う。私の誰かの関わり合いは、その誰かにとっては、ほんの一部でしかないこともあるのだ。
この本に書かれたとおりに、誰かに影響力を与える武器として、この本に書かれた心理学の柔術を憶えたと思い、早速行使してみて、相手の行動が変わったように見えることがあるかもしれない。得意になってしまうかもしれないが、実際には、相手は相手で奥さんの言うことを聞いているだけなのかもしれないのである。自ずと、これらをツールとして意図して使える場面と相手は限られ、また、下手に使い、自分があやつられていた、などと思い込まれると、まったく逆効果になると考えられる。それに、もちろん相手もしっかりとこれらの影響力の法則を勉強し訓練しているかもしれない。
仕事に行き詰まりもがいていた12年ほどまえのことだったか、読んだ本である。「島村さんは、本をよく読むしたくさん勉強しているかもしれない。そして頑張っているのはよくわかる。しかし、あなたは人を見ていない。」という、一緒に働いていた若い派遣社員の方に言われたのが、ずばり心に響いて、いまだにいろいろな局面で思い出す言葉である。
最近、決めかねていることが一つあって、ぐずぐずした気持ちでいたのだけれども、この本を読み返しつつ、なぜ、私が決めかねているのか、影響力の6つの要素に照らして改めて整理してみたら、すっと腑に落ちて、気持ちが落ち着いた。
人を動かすためのツールと考えるよりも、自分や自分たちの組織が、過去に意思決定したプロセスや、今なぜこのような意思決定しようとしているのか、あるいは、今なぜ意思決定できずにぐずぐずしているのか、そういった理由の整理に上の観点で吟味しなおしてみると非常に有用である、と思った。
今月中に読み終えるつもり、温故知新、新しい発見がまたあるはずである。
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